protocol 9 : 人間狩り ―アイアンレッド魔導演習隔離区域
空は、気持ちの良い青だった。
その下の森林で、何が起きているかを知らないかのように。
ジョン・ゴルディが手を前に突き出した。
「アイアンアロー」
黄色く輝く魔法陣が空中に現れ、周囲の灰色の粉が渦を巻いて集まった。
瞬く間に数本の金属光沢を持つ矢が形成され、
「リリース」
前方へ飛んでいく。
その先を、ボロボロの布切れをまとった少女が走っていた。
薄緑色のショートヘアが風に乱れ、橙色の瞳が必死に前を見ている。
矢を体をひねってかわし、低木をくぐり抜け、森を突き進む。
だがその先には、崖があった。
矢が続けざまに飛んでくる。
少女が足を止めた瞬間、横から一人の男が飛び込んだ。
「うあっ」
男が倒れる。矢が、その背中に刺さっていた。
「父さん!」
少女が叫ぶ。
倒れた男が顔を上げ、かすれた声で叫んだ。
「俺のことはいい。逃げろ、シルビィ!」
シルビィと呼ばれた少女が、ためらう。その目に、涙が滲んでいた。
「たのむ。逃げてくれ」
少女は、走り出した。
ジョンが、その光景を眺めながら口を歪めた。
「物語のワンシーンとしては、まずまずですね。ぐひひ」
倒れた男が、地面に手をついて顔を上げた。
「俺たちは、貴様ら貴族の玩具じゃない!」
「いや、玩具ですらない」
ジョンが言った。抑揚のない声だった。
「お前たちは、いつ魔物化するかもわからない危険因子。
有害廃棄物だ。それを有効活用してやっているんだ。
ありがたく思え。ぐひひ」
「娘にだけは、手を出させない」
ジョンの目が細くなった。
「ひひっ、あの娘、なかなか良いですね。
薄緑色のショートヘアー、橙色の瞳、幼い顔に華奢な身体。
年は十五、六くらいか」
舌なめずりをするような声で続ける。
「あのみずみずしい柔肌を味わってみたいものだ。ぐひひ。
ああ、想像するだけで、我慢できないですねえ」
「貴様っ」
男が渾身の力を振り絞り、ジョンへ飛びかかった。
「動くな奴隷、目障りだ」
冷酷な声とともに、数本の金属矢が男の手足を貫いた。
よろめきながら、それでも男はジョンへ掴みかかる。
「奴隷風情が!」
崖の縁でバランスが崩れた。
「うあああ!」
ジョンの悲鳴が森に響いた。
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木々が鬱蒼と生い茂り、雑草が足首に絡む。
シルビィは泣きながら走り続けた。息が上がっている。
膝が笑っている。それでも止まれない。
止まったら終わりだと、体が知っている。
そのとき、微かな声が聞こえた。
「シルビィ……」
足が止まった。
振り返る。遠目に、木に寄りかかる男の影が見えた。
「父さん!」
走り寄る。
だが、近づくにつれて、違和感が全身を覆った。
全身がひどく損傷している。
体中から出血し、腕と足首の関節がありえない方向に折れ曲がっている。
首が、左右にゆらゆらと揺れていた。
「シルびィ、こっチだ……」
口から血の混じった涎を垂らしながら、ふらふらと近づいてくる。
シルビィの顔から、血の気が引いた。
「父さん、どうしたの」
背後から声がした。
「やっと見つけた。子猫ちゃん。ぐひひ」
振り返ると、にちゃあと粘り気のある笑みを浮かべたジョンが立っていた。
服が泥で汚れている。
シルビィがジョンを睨んだ。
「父さんに何をした」
「あの男が悪いのだ。私に掴みかかり、服を泥で汚したからな」
ジョンが肩をすくめた。
「だから、崖から落としてやった。いい気味だ。ぐひひ」
「よくも!」
シルビィが殴りかかる。ジョンがかわした。
「スパークショット」
詠唱とともに雷撃がシルビィを直撃した。
全身が痺れ、膝が折れる。
地面に崩れ落ちたシルビィを、ジョンが見下ろした。
「私に逆らったお前たち親子には、罰を与えなければな。
親子で殺し合いなんてのも面白いな。ぐひひ」
一拍置いて、
「おっと、殺すのはまずいな。後のお楽しみがなくなってしまう」
グール化した父親が、じりじりとシルビィへ迫っていく。
ジョンはそれを離れた場所から眺め、笑っている。
「父さん……」
シルビィが震える声で呟いた。
体が動かない。涙が止まらない。
父親だったグールが、手を伸ばした。
その瞬間。
青い閃光が走った。
一発。正確に、グールの頭部を打ち抜いた。
頭が砕け、グールは音もなく倒れ、動かなくなった。
シルビィはその場に泣き崩れた。
「なんだ!?何が起こった?」
ジョンがうろたえた。周囲を見回す。
今度は複数の閃光がジョンへ向かって飛んだ。
足を立て続けに打ち抜かれ、ジョンが地面に倒れる。
「うあああ」
木の上から、二つの影が飛び降りた。
レインとリディアが、ジョンを左右から挟む。
「動くな」
レインが魔導銃をジョンの頭に突きつけた。
リディアが剣の切っ先を喉元へ向ける。
ジョンがびくびくと震えた。
「わ、わたしを誰だと思っている。ゴ、ゴルディ商会会長だぞ!
わたしの一言で、お前らごとき、すぐにでも消せるんだ」
誰も答えなかった。
メリーとディックがシルビィのもとへ駆け寄った。
メリーが膝をついて治療魔法をかける。
「私たちが来たので、もう大丈夫です。」
ディックが麻痺解除のポーションを取り出し、飲ませた。
「俺の肩に捕まるっすよ」
ディックがシルビィに肩を貸す。
メリーが立ち上がり、ジョンへ向き直った。
碧の瞳が、静かな怒りを宿していた。
「あなた方貴族は、王国で禁止されている奴隷取引を行い、
このような虐殺行為まで行っている。断じて許せません」
ジョンが、じろじろとメリーを見た。そして、口の端が歪んだ。
「お嬢ちゃん、かわいいねえ。ぐへへ、こんな危ないことはしないで、
私のコレクションにならないかい?たっぷり可愛がってあげるからさあ、ぐへへ」
リディアの拳がジョンの顔面に叩き込まれた。
「ぶふぁっ!」
「このゲス野郎。自分の立場が分かってるのか」
「いい気になるなよ女」
ジョンが血を吐きながら言った。
「お前は私のコレクションにはふさわしくない。
他の貴族たちの前で、魔物どもに犯させ、
絶命するところをショーとして楽しんでやる」
リディアの拳に力が入った。
レインがジョンの首元に銃口を押し当てた。
「ヴァイオレットミラー湿地帯での件、知っていることを全部吐け」
「ひいいっ、わかった、話す」
ジョンが震えながら言った。
「全ては、ギレーネ様の偉大な計画のため――」




