第9話 偽装SOSキス
「人命救助が特技なんでしょ!?早く私に……!」
「私の方が残量少ないわよ!大輝くん、早くキスボに!」
女子たちが大輝の腕を引っ張り合い、廊下はパニック状態に陥った。
ピピッ、ピピッ!
「うおっ!?俺のリングにもビーコンが反応してるぞ!」
大輝の横にいた平助のデバイスも、半径数メートル以内の適合者としてアラートを鳴らしていた。
「平助!お前も鳴ってるのか!」
「おおっ!大輝、ここは俺に任せろ!人助けは俺の使命でもあるからな!」
平助は目を輝かせ、安売りのメガストロング・ハッカを口に放り込むと、倒れ込んでいる女子生徒に勢いよく顔を近づけた。
「さあ、俺の極上キスで命を救ってやるぜ!」
「きゃあっ!あんたじゃない!」
女子生徒は凄まじい力で平助の顔をビンタして突き飛ばした。
「ぐはっ!?な、なんでだよ!ビーコン鳴らしただろ!」
「大輝くんを呼んだの!あんたなんかお呼びじゃないわよ!」
「そんなこと言ってる場合か!十五パーセント切ってんだろ!?じゃあそっちの君!」
「やめて!来ないで!」
「痛っ!じゃあそっち!」
「あなたは、じゃない方!あっち行って!」
平助は大輝に代わってキスをして回ろうとするものの、理不尽なツッコミと物理攻撃を受け続けていた。
「くそォ!命の恩人になるチャンスなのに……負けるもんか!俺がおこぼれを……いや、君たちを救ってやる!」
ボロボロになりながらも、ポジティブだけが取り柄の平助は、めげずにおこぼれキスをして回ろうと突撃を繰り返すのであった。
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その狂騒を、上の階の窓から静かに見下ろしている人物がいた。
「はぁ……。なんてはしたない……」
生徒会長の早乙女遥は、窓枠に手をつき、冷たい声で呟いた。
眼下の廊下や中庭では、大輝を巡って女子生徒たちが醜い争奪戦を繰り広げている。
「でも……無理もないわね。キスが公衆衛生になったからと言って、そう簡単に何度も他人と唇を重ねるなんて慣れやしないもの」
遥はそう言い捨てながら、自らの左手を見た。
彼女の指輪型デバイスは、安全圏を示す鮮やかな青色に点灯している。
スマートフォンに連動されたアプリの画面には、【生存可能時間:向こう3ヶ月ストック】という文字が燦然と輝いていた。
昨日の朝、大輝に助けられた際の抗体が、今も彼女の身体を完璧な健康状態に保っている。
理論上、彼女はこれから三ヶ月間、誰ともキスをする必要がない。あの不快な義務から完全に解放されているのだ。
「私は満たされている。……何も、不自由はないはずなのに」
遥はポツリと呟き、ハーフリムの眼鏡をそっと外した。
「……っ」
自らの唇に、震える指先を這わせる。
「どうして……こんなに、体が熱いの……」
抗体は満タンであるにもかかわらず、彼女の胸の奥はひどく渇いていた。
眼下で、他の女子生徒に優しく口づけをしている大輝の姿を見るたび、胸の奥がギリギリと締め付けられるような嫉妬と焦燥感に駆られる。
「あの時の……あの甘さと安心感が……」
大輝の『メディカル・プレーン』の素の味。
そして、すべてを慈しむように包み込んでくれた、温かい舌の感触。
「キスなんて、ただの不快な作業だったのに。……貴方の唇じゃないと、私はもう……」
規律正しい鉄の生徒会長という仮面の下で、遥の心は大輝の甘さに完全に依存し始めていた。
「大輝、くん……」
防音の生徒会室で、誰にも聞かれることのない甘く熱を帯びた声が、静かに溶けていった。
その激しい情熱が、彼女の理性を少しずつ、確実に蝕み始めていた。
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放課後。
体育館の裏手にあるキスボの前には、またしても人だかりができていた。
「ハァ……ハァ……っ。大輝くん、お願い……」
「大丈夫です、すぐに楽になりますから。落ち着いて息をしてください」
大輝は、抗体切れのSOSビーコンに応え、座り込んでいた運動部女子の肩を抱き寄せてブースへと滑り込んだ。
扉が閉まり、調光ガラスが白く曇る。
大輝は荒い息を吐く彼女の口内に優しく舌を滑り込ませた。
ぬちゃっ、ぐちゅっ、じゅるるっ!!
彼の放つ圧倒的な包容力と甘みに、運動部女子の強張っていた身体が瞬時にとろけていく。
規定の三十秒を少し超えたところで、大輝は唇を離した。
「んんっ……はぁ……。大輝くん、ありがとう……身体の奥から力が湧いてくるみたい……」
「よかった。これで三ヶ月は大丈夫なはずですから、今日はもう部活を休んで水分を摂ってくださいね」
大輝は運動部女子を素早く救命すると、曇りガラスが透明になる前にブースの扉を開けた。
「きゃあっ!大輝くんが出てきたわ!」
「次は私にお願い!大輝くん、こっちに来て!」
外で待ち構えていた女子生徒たちが、一斉に群がってくる。
「ま、待ってください……。少し、休憩を……」
大輝の視界が、ぐらりと揺れた。
今日だけで九人と激しいキスを交わしてきた大輝は、極度の疲労に襲われていた。
自身の触媒酵素を分け与え続けた結果、体内の水分が急激に奪われているのだ。
彼は肩から提げた二リットルの巨大水筒に手を伸ばし、自家製スポーツドリンクを勢いよく飲み干した。
「ぷはっ……。だ、だめだ、空っぽになっちまった……」
最後の一滴を飲み干しても、喉の渇きは収まらない。
大輝は膝から崩れ落ちそうになり、深刻な脱水症状になりかけていた。
「大丈夫!?大輝くん、顔色が真っ青よ!」
「私の唾液でよければ、いくらでも飲んで!」
女子たちが群がり、さらなるキスを迫ろうとしたその時だった。
「いい加減にしなさいよ、あんたたち!」
怒気をはらんだ声と共に、人混みを強引にかき分けて入ってきたのは、清水沙羅理だった。
「沙羅理……?」
「大輝は乳牛じゃないのよ!こんなにフラフラになるまで搾り取って、少しは相手の体調も考えなさいよ!」
沙羅理は周囲の女子生徒たちを鋭い声で一喝した。
「な、なによ。清水さんだって、大輝くんの幼馴染だからって独占する気!?」
「そういう問題じゃないわ!ほら、大輝、これ飲みなさい!」
沙羅理は自費で買ってきた冷たいスポーツドリンクのペットボトルを大輝の口元に押し当てた。
「ごくっ、ごくっ……。ぷはぁっ、助かった……。ありがとう、沙羅理」
「もう、大輝はお人よしなんだから。無理してたら本当に倒れちゃうわよ……。行くわよ、今日はもう終わり!」
沙羅理は大輝の腕を強く掴むと、不満の声を上げる女子生徒たちを睨みつけながら、彼を強引に連れ出した。




