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第8話 キス争奪戦

 翌日の朝、登呂美《とろみ》県立潤水(うるみず)高等総合学園の校門前は、異様な熱気に包まれていた。


「来たわ!根張《ねばる》くんよー!」


「大輝くん、おはよう!ねえ、今日の朝会前って空いてる!?」


「ちょっと、私の方が先よ!朝の五時からずっと待ってたんだから!」


 登校してきた大輝の姿が見えるなり、数十人の女子生徒が一斉に群がってきた。


「うわっ!?み、みんな、どうしたんだ朝から!」


「とぼけないでよ!大輝くんとキスすれば、一回で三ヶ月も持続するって噂、もう学園中でもちきりよ!」


「私の抗体残量、もうすぐ二十パーセントなの!お願い、大輝くんの神キスを私にちょうだい!」


 大輝の特異体質の情報が流出し、校内は完全に狂乱の『大輝争奪戦』へと突入していた。


「待ってくれ!できるだけ希望に応えるから順番を守って、落ち着いて!」


 大輝は巨大な二リットル水筒を抱えながら、押し寄せる女子たちの勢いにタジタジになりながら押されていた。


「ちょっと、みんな!朝から大輝に群がらないでよ!」


 横にいた幼馴染の清水《しみず》沙羅理《さらり》が、心配そうに大輝を庇って前に出た。


「沙羅理ちゃんは引っ込んでてよ!法律で一人一日、十人しかキスできないんだから早い者勝ちじゃない!」


「そうよ!大輝くん、私、マンゴー味の清涼剤買ってきたの!珍しいでしょ?だからお願い!」


 口腔衛生上の法的制限により、大輝が提供できるのは『一日十人』が限界である。その限られた枠をめぐり、女子たちは血眼になっていた。


 +++


 休み時間のチャイムが鳴るたび、大輝の席には学園中の女子生徒が殺到した。


 大輝はかわるがわる校内に設置されたキスボへと繰り返し足を運んだ


「大輝くん、お願い。私を助けて」


「わ、わかりました。でも、本当に具合が悪い人からですよ」


「んっ……ちゅっ……はぁっ……」


(相手の粘膜を傷つけず、確実に触媒酵素を送り届けて救命するんだ。これは義務なんだ……!)


 大輝は自分に言い聞かせ、一人ひとりの女子に全力で応えていった。


「んんっ……大輝くん、すんごい……」


「次は私よ!大輝くんって、激しいのもいける?」


「えっ?いや、そういう問題じゃ……んっ!」


「ふぁあっ……ぐちゅっ……んぐっ……!!」


 全員が千差万別のキスをしてくる。


 ねっとりと舌を絡ませてくる者、しっとりと優しく触れてくる者、息もつかせぬ激しいキスをしてくる者、舌先で器用に探ってくる知的なキスなど、まさに多種多様だった。


「ぷはっ……。だ、大輝くんの、すごい……。甘くて、頭が真っ白に……」


「はい、深呼吸して。水分もしっかり摂ってくださいね」


 大輝は腰を抜かす女子たちを支えながら、生真面目に医療従事者のような声かけを続けていた。


「……大輝のバカ。あんなに嬉しそうに……」


 少し離れた席から、沙羅理がハンカチを握り締めながら、心配そうに見つめていた。


「おいおいおい!大輝ばっかりずるいぞ!俺もいるぜ!」


 大輝の横で、親友の矢場《やば》平助《へいすけ》がポケットから口内清涼剤を口に入れながら身を乗り出してきた。


「君たち、俺もいつでもいけるぜ!メガストロング・ハッカ準備完了だ!さあ、俺のフェザータッチを味わって……」


「あんたはいいわよ、引っ込んでなさいよ」


 女子生徒の一人が、ゴミを見るような冷たい目で平助を一蹴した。


「なっ……なんでだよ!俺だって立派な男子だぞ!」


「あんた、昨日初日で舌先だけを小鳥みたいにつつく『チキン・タッピング』した挙句、相手の歯にぶつけて舌噛んだらしいじゃない」


「ゲェッ!?な、なんでその黒歴史が!」


「もう全学年に噂が広まってるわよ。カースト最下位決定よ。そんな鳥のエサやりなんて、誰も見向きもしないわ」


 初日に犯したミスの噂が広まり、平助はおこぼれにあずかろうとするものの、誰にも相手にされなかった。


「くっそォ!俺だって……俺だって、大輝みたいに女の子に囲まれてみたかったのにーーー!」


 +++


 昼休みに入ると、事態はさらにエスカレートした。


 ピピッ、ピピッ、ピピッ!


 大輝の左手の指輪型デバイスが、けたたましい警告音を発した。


「なんだ!?緊急救援ビーコン!?どこだ!」


 ピピピッ!ピピッ!


「えっ!?こっちでも!?あっちでも鳴ってるぞ!?」


 廊下に出た大輝の目に飛び込んできたのは、あちこちで壁に寄りかかり、苦しそうに喉を押さえている女子生徒たちの姿だった。


「はぁ……はぁ……大輝くん、私、もうだめ……」


「こっちも……抗体が……切れる……助け、て……」


「み、みんな、一気にどうしたんですか!?」


 大輝が慌てて駆け寄ろうとすると、沙羅理が猛然と立ちはだかった。


「大輝、騙されないで!この人たち、意図的に鳴らしているわよ!」


「えっ?」


「正攻法じゃ大輝の十枠に入れないからって、意図的に自分の抗体残量を十五パーセント以下まで減らして、緊急ビーコンを鳴らしてるのよ!」


「な、なんだって!?そんな危険なことをしてまで!?」


 正攻法ではキスができないと考えた女子たちは、命がけの抜け駆けとして自らを危険域に追い込み、大輝を取り囲んでいたのだ。




---


※キスボについて

公衆ブース「キスボ」の利用時間は最低三十秒から最長二分と定められている。三十秒未満で離れると抗体交換不成立でペナルティとなり、二分を超えるとブースの不正私的利用として外の警告ランプが点滅し、曇りガラスが透明化して外から丸見えになる仕様となっている。

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