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第6話 幼馴染との初キス

 青空が広がる屋上。


 吹き抜ける風の中、沙羅理は給水塔の陰のフェンスにしがみつき、ボロボロと涙をこぼしていた。


「沙羅理!」


 駆けつけてきた大輝の顔を見た瞬間、沙羅理の感情は堰を切ったように溢れ出した。


「来ないでよ……っ!大輝のバカ!あんな風に、誰とでもキスできるなんて、どうかしてる!」


「沙羅理……」


「好きな人以外と舌を絡ませるなんて嫌だ……っ!ただ生きるためだけに、知らない男の人とあんなことするくらいなら……私、もう死んだっていい……!」


 泣きじゃくる沙羅理を前に、大輝は胸が締め付けられる思いだった。


 この狂った社会のルールが、彼女のように純粋な「普通の感覚」を持つ少女をどれほど傷つけているか。


 大輝はゆっくりと近づき、彼女の震える肩に優しく両手を置いた。


「死ぬなんて言うな。俺が、お前の最初の相手になるからさ」


「え……?」


「俺なら、知らない男じゃないだろ?だから、生きるために俺を使ってくれ。頼むから」


 大輝の真っ直ぐな瞳に嘘はなかった。


 沙羅理は戸惑いながらも、大輝の左手に嵌められた指輪型デバイスに、自分のリングを重ね合わせた。


 ピローン、と認証音が鳴る。


 沙羅理は震える指でポケットから口内清涼剤「ペパーミント」を取り出し、口に含んだ。


「いくぞ」


 大輝がゆっくりと顔を近づける。


 沙羅理は静かに目を閉じた。


 それを確認した大輝も、沙羅理の唇の位置を確認してから目を閉じた。


 今まではただの幼馴染だった。


 しかし、この社会で生きている以上、いつか互いにキスを交わす日が来るかもしれないと、実のところ二人は密かに想像したことがあった。


 それが今、現実となった。


 重なり合った唇は、先ほどの教室での狂騒が嘘のように静かで、温かかった。


 大輝は沙羅理を怖がらせないよう、お互いの心拍を確かめ合うような優しい「ソフト&スロー」の初キスを交わした。


 れろ、れろっ、ちゅぱ、ちゅぱっ……。


 触れ合った相手の舌は、お互いが想像していたよりもずっと穏やかで、優しい。


 荒々しい貪り合いではなく、じんわりと心に染み渡るような深い愛情と安らぎ。


 沙羅理のペパーミントの清涼感が、大輝の口内に爽やかに広がっていく。


「んぁっ……ぬぷっ……はぁん……」


 大輝の特異体質である触媒酵素の甘みとペパーミントが溶け合い、沙羅理の荒れた心を優しく癒やしていく。


 あふれる思いに任せて思わず体を抱きしめたくなる衝動に駆られるも、「これはただの医療行為だ」とお互いにぐっとこらえ、二人はそれぞれ背中に回した手に強く拳を作っていた。


 三十秒のタイマーが鳴り、二人の唇が静かに離れた。


 お互いにゆっくりと目を開ける。


「……これで、しばらくは倒れずに済む、はずだ。生き延びてくれてありがとう。沙羅理」


 大輝はまるで、幼馴染の擦りむいた膝に絆創膏を貼ってやったかのように爽やかに笑った。


 その屈託のない笑顔を見て、沙羅理は口の中に残るペパーミントの味をギュッと噛み締めた。


(大輝は、私を助けるためにキスしてくれた。これはただの『幼馴染としての手当て』なんだ……)


 本当は、大輝のことが好きで好きでたまらない。


 彼に自分の本当の気持ちを伝えたい。


 だが、もしこのペパーミントという建前を捨てて本音をぶつければ、鈍感な大輝は困惑し、今の居心地の良い関係が壊れてしまうかもしれない。


(ミントの味がしている間は……私はただの幼馴染としての言い訳ができるから)


 沙羅理は複雑な葛藤と切なさを胸に秘め、あえて強がって見せた。


「……大輝のおかげで、少し落ち着けたわ。ありがと」


 +++


 一方、その頃。教室では信じられない事態が起きていた。


 意識を取り戻した美鈴が、自分の指輪と連動しているスマホ画面の異常に気付き、悲鳴を上げていたのだ。


「せ、芹那先生!これ、見てください……!」


「どうしたの?リングのエラー?」


 美鈴が震える手で差し出したスマホ画面には、異常な「一週間ストック」という生存可能時間が表示されていた。


 通常の異性とのキスなら、長くても二〜三日しか持たないはずの数値である。


「一週間……?初めての相手の、単一の遺伝子だけでそこまで持つってわけ……?あり得ないわ」


 驚愕した美鈴から報告を受けた芹那は、目を見開いてその数値を凝視した。


 しかし、目の前の美鈴の肌の艶や、身体から満ち溢れる異常な生命力が、それがバグではないことを証明している。


「あの根張大輝って子……一体、どんな唾液を持ってるっていうの……?」


 芹那の瞳に、科学的好奇心と研究者としての熱い炎が宿り始めていた。




---


※年齢制限と対象区分について

ディープキスによる抗体交換の義務対象は、十六歳から四十四歳までである。四十五歳前後で更年期を迎えると自己免疫が自律回復するため、公衆衛生義務から完全免除される。これを「卒キス(名誉卒業者)」と呼ぶ。また、年が離れた若者へのドナー要求は世代間ハラスメント防止のため原則禁止されている。

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