第27話 友人の母親との特命査察キス
学園の特別認可保健室。
その奥にある極秘の抗体臨床ラボに、かつてないほどの張り詰めた空気が漂っていた。
「紹介するね、大輝っち。私のママで、厚生省公衆衛生局統括審議官の乙羽静香だよ」
カリスマギャル・インフルエンサーの樹瑠璃が、隣に立つスーツ姿の女性を示した。
普段の軽いノリは鳴りを潜め、その声には母親への強い信頼と尊敬が滲んでいた。
「……根張大輝くんね。話は娘から毎日聞いてるわ。初めまして」
静香(38歳)はシャープな黒髪ボブカットに、理知的な切れ長の瞳を持つ鉄血美女だった。
胸元には国家公衆衛生局の金文字バッジが輝いている。
娘の樹瑠璃とよく似た整った美形だが、一切の隙を感じさせない冷厳なオーラを放っていた。
「あ、はい。根張大輝です。昨日は乙羽さんが生配信で助けてくれたおかげで……」
「その話はもういいわ。今日ここへ来たのは、特命査察のためよ」
静香の冷たい声がラボに響き渡る。
白衣姿の学園保健医、如月芹那が一歩前に出た。
「お待ちしていました、統括審議官。単刀直入に申し上げます。大輝くんの唾液から抽出した『カタリスト・ゼロ』を用いれば、失活しない『舌下投与型フィルム製剤ワクチン』の開発が可能です。これを国の極秘プロジェクトとして進める認可をいただきたい」
芹那はモニターに分子コードの解析データを映し出し、熱弁を振るった。
「昨日、三社連合の子会社であるセル・データ・システムズが、大輝くんのV-CHUログを遠隔改ざんし、不当逮捕しようとする事件が起きました。巨大企業はすでに、彼を自らの利権を脅かす邪魔者として狙い始めています。国が彼を保護し、ワクチン開発を急がなければ、この国……いや、世界の未来はありません」
大輝も芹那の言葉に強く頷いた。
「お願いします。俺の体質で、みんながキスを強制される病気を終わらせられるなら……!」
しかし、清廉潔白で合理主義の静香は、表情一つ変えずに冷徹に言い放った。
「却下よ」
「なっ……!?」
「確かに昨日のログ改ざんは由々しき事態よ。しかし、一高校生の不確かな特異体質に、国家の未来と莫大な予算を賭けることはできないわ」
静香の冷酷な判断に、大輝と芹那は息を呑んだ。
「そんな……!でも、実際に彼は……」
「データはいくらでも捏造できる。昨日、企業がそれを証明して見せたばかりでしょう?」
静香は芹那の言葉を遮ると、冷ややかな視線を大輝に向けた。
「ただし……。私は自らの舌で確かめた事実しか信じない。根張くん、あなたのその異常な抗体能力の真偽、私が直接テストさせてもらうわ」
「えっ……俺が、静香さんとですか?」
「当然よ。公衆衛生を司る官僚として、自分の身体で検証するのは責務ですから」
静香は迷いなく踵を返し、ラボの外へと歩き出した。
+++
誰もいない昼下がりの渡り廊下。
静香の手引きによって周囲の生徒が遠ざけられた場所に、白とミントグリーンの公衆免疫交換ブース――キスボがひっそりと佇んでいた。
「大輝っち……」
ブースの前に立つ大輝の袖を、樹瑠璃が不安そうに引っ張った。
彼女の瞳には、厳格な母親と命の恩人である大輝が交わることへの複雑な感情が揺れている。
「大丈夫だよ、乙羽さん。これはただの医療的なテストだから。俺が絶対に、ワクチンの有効性を証明してみせる」
大輝は不安そうな樹瑠璃の顔を見て、力強く微笑みかけた。
「うん……でも、そういうことじゃなくって……大輝っち」
大輝は制服のポケットから医療用の無味無香料タブレット『メディカル・プレーン』を取り出して口に含み、静香の後を追ってブースの中へと足を踏み入れた。
カチャリ。
電子施錠の音が鳴り、調光ガラスがタイマーと連動して白く曇る。
外で祈るように手を組む樹瑠璃の姿が、白いベールに遮られて消えた。
「準備はいいわね。一切の私情を挟まず、三十秒きっかりでテストを完了させるわよ」
静香は口元に最高級オーガニック『レッドグレープ』のタブレットを含み、冷徹な瞳で大輝を見据えた。
「はい。よろしくお願いします」
大輝が姿勢を正した瞬間、静香が顔を近づけ、事務的に唇を重ね合わせてきた。
「んっ……」
大輝の口内に、ワイン用赤葡萄のエキスを抽出したような、深みのある渋みと高貴な香りが一気に広がっていく。
娘である樹瑠璃の弾けるような『ハニーグレープ』とは対極にある、洗練された大人の女の香りだった。
(これが、国のトップエリートの……)
大輝が身構えた直後、静香の舌が口腔内へと侵入してきた。
チュル……クチュッ。
それは、感情を完全に排除した『ロボットダンス』のような機械的ステップだった。




