第28話 機械的なステップを狂わせる極上のキス
ミリ秒単位の狂いもなく、大輝の粘膜の正確な位置をリズミカルに刺激してくる。
学生時代のパントマイムで培った筋肉制御を口腔内に落とし込み、最小限の接触で最大の抗体交換を達成する超合理主義的な舌技だ。
(すごい……一切のブレがない。完璧に計算された動きだ)
ちゅ……んっ、れろ……。
大輝はその冷たく無機質な舌を受け止めながら、ふと、目の前の静香の整った顔立ちに娘の樹瑠璃の面影を感じ取っていた。
冷厳な母親と、感情豊かな娘。
性格やキスのスタイルは正反対だが、舌の動きのベースとなる高い身体能力や、微かな息遣いには、確かに血の繋がりを感じさせるものがある。
ちゅぱっ、れろっ、じゅぷっ。
(俺は今、友達のお母さんと……親子二世代とキスをしてるんだ……)
大輝の胸の奥に、チクリとした背徳感がよぎった。
いくら「キスは医療行為」という建前があろうと、つい先日濃厚なディープキスを交わしたばかりの少女の母親と唇を重ね合わせている事実は、大輝の真面目な倫理観を激しく揺さぶっていた。
(いや、だめだ!雑念を捨てろ!)
大輝は焦る心を必死に抑え込んだ。
(これは世界の未来を懸けたテストだ。俺がここで罪悪感に負けて中途半端な唾液しか出せなければ、ワクチン開発の道は絶たれる。翼や沙羅理を救うためにも、俺は……!)
「んむっ……じゅるっ……はぁあっ……」
大輝は大きく息を吸い込み、天下国家のため、病気に苦しむすべての人を救うためと己を奮い立たせた。
背徳感を払拭するように、大輝は自らの舌を大きく広げた。
そして、静香の正確無比で機械的な舌を、真正面から優しく、そして慈しむように丸ごと包み込んだ。
+++
大輝の無自覚な包摂技『ディープ・レスキュー』が発動し、静香の口腔内を慈しむように丸ごと包み込んだ。
「んむっ……!?ちゅっ……んむっ……はぁんっ!!」
静香の目が、驚愕に見開かれた。
公衆衛生局統括審議官として、これまで数え切れないほどの「業務としての吸唾」をこなしてきた。
そこには一切の感情を交えず、ただ法で定められた三十秒をミリ秒単位の狂いもなく機械的にこなす『ロボットダンス』の技術があった。
その鉄壁の筋肉制御が、大輝の温かく柔らかな舌に触れた瞬間、根底から揺さぶられたのだ。
(な、何よこれ……!私のステップが、完全に呑み込まれている……!)
大輝は静香の鋭く無機質な舌先を、まるで氷を溶かす春の陽だまりのように、優しく、広く、深く包み込んでいく。
相手の粘膜を一切傷つけない、圧倒的な人間味と包容力を持ったストロークだった。
チュプ……ジュルル、クチャ……。
防音のキスボ内に、かつて静香が経験したことのない、ひどく艶かしく甘い水音が響き始めた。
大輝の唾液腺の深部から、未知の触媒酵素『カタリスト・ゼロ』が溢れ出し、静香の舌へと滔々《とうとう》と流れ込む。
静香が口に含んでいた最高級オーガニック『レッドグレープ』の渋みのある大人の香りが、大輝の極上のペプチドと混ざり合い、信じられないほどの甘美な濁流へと変化していく。
(甘い……。頭の髄が痺れるほど、甘くて……温かい……)
静香の脳内の多幸感中枢が、直接激しく打ち据えられる。
じゅぽっ、ぬぷっ、れろれろっ!!
(だめ、理性を保ちなさい……私は国の特命査察で、彼をテストしているのよ……!)
静香は必死にパントマイムで鍛えた筋肉制御を取り戻そうとした。
しかし、大輝の放つ、見返りを求めない圧倒的な慈愛の前に、三十六歳の鉄の女が築き上げてきた心の防壁は、脆くも崩れ去っていった。
「んんっ……、あ……はぁっ……」
静香の喉の奥から、官僚としての威厳の欠片もない、熱に浮かされたような甘い吐息が漏れた。
(あぁ……私、ずっと……疲れていたのね)
十五年前のパンデミック以降、三社連合という巨大な利権企業と戦い続け、娘の樹瑠璃を守るために感情を殺して生きてきた。
誰にも弱音を吐けず、ただ冷徹な鉄の女として振る舞い続けてきた彼女の張り詰めた糸が、大輝の優しさによってプツリと切断された。
静香のミリ秒単位の正確無比な技『ロボットダンス』は、大輝の圧倒的な人間味によって完全に融解させられていた。
「んぁっ……だめっ……大輝、くん……っじゅるっ……」
激しい多幸感に撃ち抜かれ、静香の身体から完全に力が抜け落ちる。
彼女は自ら大輝の首に腕を回し、すがりつくように舌を絡ませてしまった。
ピシッ、と静香の着ていたオーダーメイドのスーツの胸元が乱れ、タイトスカートから伸びる膝がガクリと折れる。
大輝は崩れ落ちそうになる三十六歳の国家の重鎮を、たくましい腕でしっかりと抱き留めた。
(静香さん、急に力が抜けて……。やっぱり、日頃の激務で相当お疲れなんだ)
大輝はそれが自分の触媒酵素による快感だとは露ほども思わず、ただ純粋な医療目的として、彼女が酸欠にならないようにゆっくりと一定のリズムで息を吹き込み続けた。
その実直さが、さらに静香を深く甘い泥沼へと引きずり込んでいく。
ピーッ!
三十秒で終わるはずだったが、永遠にも思えた二分間のタイマーが鳴り響き、ブースの曇りガラスが透明化する直前を知らせた。
「ぷはっ……!」
大輝がゆっくりと唇を離す。
「はぁ……はぁ……っ、あ……」
静香は大輝の腕の中で、完全に骨抜きにされていた。
冷厳だった切れ長の瞳は熱っぽく潤んで焦点が定まらず、端正な口元からは銀色の糸がだらしなく引いている。
乱れたスーツの胸元からは、激しく上下する白い肌が露わになっていた。




