第26話 機材車内のご褒美キス
教室に張り詰めた空気が漂う中、苛立ちを隠せない刑事が、早乙女遥の制止を振り切るように再び一歩を踏み出した。
「時間稼ぎはそこまでだ。警察の業務を妨害するなら、生徒会長といえども容赦は……」
「そこまでっしょ!!」
突如、バンッと勢いよく教室の後ろのドアが開け放たれた。
「大輝っちに触ったら、全世界のフォロワー二百万人が黙ってないからね!」
最新型のスマートフォンを掲げ、自撮り用LEDリングライトを煌々と光らせながら飛び込んできたのは、カリスマギャル・インフルエンサーの乙羽樹瑠璃だった。
彼女の隣には、映画研究部の機材を抱えた矢場平助が息を切らして立っている。
「なっ、なんだ君たちは!今は警察の捜査中だぞ!」
「捜査?ただのでっち上げっしょ!」
樹瑠璃はカメラのレンズを刑事たちと警備部隊に向け、全世界生配信の画面を突きつけた。
「みんな見て!警察と三社連合の警備部隊が、私の命の恩人である大輝っちに、ありもしない冤罪をふっかけて不当逮捕しようとしてるの!」
『マジかよ!』
『大輝っちをいじめるな!』
『警察の横暴だ!』
スマートフォンの画面には、凄まじい勢いで擁護のコメントが滝のように流れていく。
「え、冤罪だと?証拠のV-CHUログがあるんだぞ!」
「なんとそれがそれが、その証拠が、真っ赤な偽造データなんですよ!」
平助が前に出ると、抱えていたタブレット端末を刑事たちの顔の前に突き出した。
「ついさっき、俺の映画研究部のアカウント宛てに、匿名のタレコミが送られてきたんです!これを見てください!」
平助が再生した映像には、セル・データ・システムズ(CDS)の制服を着た下っ端社員が、薄暗いサーバールームで端末を操作している姿がバッチリと映っていた。
『あーあ、いくら上層部の命令だからって一介の高校生のログをいじるなんて、やってらんねえよな。たっく、これで未成年との違法吸唾の履歴、いっちょ上がりっと』
映像と共に、大輝のログが外部から遠隔で改ざんされたことを示すアクセス記録のデータが、決定的な証拠として画面に表示された。
「な、なんだこれは……!CDSの社員が、ログをいじっているだと!?」
刑事は顔面蒼白になり、後ずさった。
国家の絶対的な生体管理システムが、一私企業の都合で改ざんされたという事実は、警察の根底を揺るがす大スキャンダルだ。
「この証拠映像と改ざんログは、今、樹瑠璃ちゃんの配信を通じて全世界に拡散されてます!大輝の潔白と、三社連合の汚い陰謀はもう白日の下に晒されたんだよ!」
平助が勝ち誇ったように叫ぶと、配信のコメント欄は三社連合への非難と大輝への圧倒的な支持で埋め尽くされた。
「く、くそっ……!一旦撤収だ!本庁に確認をとる!」
形勢が完全に逆転したことを悟った刑事と警備部隊は、逃げるように教室から撤退していった。
(よかった……大輝、助かったのね……!)
清水沙羅理はその場にへたり込み、安堵の涙を流した。
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同時刻。厚生省の広々とした執務室。
公衆衛生局統括審議官である乙羽静香は、デスクの上の私用端末で娘の生配信を無表情で見つめていた。
「セル・データ・システムズのログ改ざんの決定的証拠ですって?よくも都合よくそんなものが……どうせトカゲの尻尾切りで上層部は無傷でしょうけど」
静香は、画面の中で女子生徒たちに囲まれて安堵している大輝の姿に目を細めた。
(根張大輝……。あの巨大な利権企業の陰謀を、たった一人の高校生がここまで狂わせるとは)
静香の冷徹な瞳の奥に、この特異体質の少年に向けた、官僚としての強い関心が静かに灯り始めていた。
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一方、学園の上の階の窓際。
パトカーと警備部隊の装甲車が、逃げるように校門から走り去っていくのを、網野蘭聖は一人で見下ろしていた。
「……フン。今回は貸しにしておいてやる」
蘭聖は冷笑を浮かべながらも、自らのスマートフォンをポケットの奥へ深く押し込んだ。
平助へ匿名で証拠映像と改ざんログを送信した履歴は、すでに完全に消去している。
(親父……あなたのやり方は、あまりにも美しくない。俺は……俺自身の手で、実力であいつを完全にねじ伏せてやる!)
大輝が助かったことへの密かな安堵と、父親に正面から逆らえない己の無力さに、蘭聖はギリッと奥歯を噛み締め、窓枠を強く殴りつけた。
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放課後。
学園の裏庭に停められた、映画研究部の機材車の中。
「はぁ〜、マジでビビったけど、大輝っちが無事で本当によかったし!」
世論の圧倒的支持を集めて危機を脱出した後、興奮冷めやらぬ樹瑠璃は、狭い車内で大輝の首にガバッと飛びついた。
「お、乙羽さん!ありがとな、生配信してくれなかったら俺、本当に連行されてたよ」
大輝が照れくさそうに笑うと、樹瑠璃は小悪魔的な笑みを浮かべて、大輝の顔を至近距離で覗き込んだ。
「大輝っち、さっき警察の前でも全然引かなくて、マジでカッコよかったし!……これは、私からの特別なお祝ね!」
「えっ?お祝って……んっ!?」
大輝が問い返す間もなく、樹瑠璃は大輝の唇を強引に塞いだ。
「んんっ……ちゅる、くちゅっ……!」
樹瑠璃の口内から、愛用している『ハニーグレープ』のジューシーで甘酸っぱい香りが弾けるように広がる。
(す、すごい……!前よりもさらに激しい!)
樹瑠璃が仕掛けてきたのは、ダンスで鍛え上げた舌筋を限界まで駆動させる、舌先の超高速バイブレーションだった。
大輝の舌を微細な振動で捉え、口腔内の粘膜を甘く、そして執拗に刺激してくるギャル特有の積極的な攻めだ。
「んぁっ……大輝っち……んんんっ」
大輝の未知の触媒酵素と、樹瑠璃の甘酸っぱいグレープの香りが混ざり合い、車内に極上の甘い水音が響き渡る。
樹瑠璃は大輝の唇を隅々まで味わい尽くすように、何度も角度を変えて熱烈なディープキスを繰り返した。
「ぷはっ……!はぁ、はぁ……大輝っちの唇、マジで最高すぎ……」
「お、乙羽さん、息が……」
完全に骨抜きにされ、とろんとした瞳で大輝の胸に寄りかかる樹瑠璃。
その一部始終を、機材車の助手席からカメラを回していた平助が、ニヤニヤと笑いながらレンズ越しに見つめていた。
「いやー、いい画が撮れましたわ!大輝、ジュルリちゃん、ごちそうさまです!」
「へ、平助!お前、回してたのかよ!消せってば!」
「消すわけないっしょ!俺の永久保存版にしたから!」
大輝が慌てて平助からカメラを奪おうと手を伸ばし、平助がおどけて逃げ回る。
樹瑠璃はそんな二人のやり取りを見て、「あははっ、大輝っちウケる!」と楽しそうに笑い転げていた。




