第24話 密室の生徒会室で豹変する会長のキス
放課後。根張大輝は、指定された生徒会室のドアの前で緊張の面持ちで立ち尽くしていた。
「失礼します。根張大輝、呼ばれて来ましたけど……」
ノックをして中に入ると、部屋には生徒会長の早乙女遥が一人で待っていた。
「……よく来ましたね」
遥は立ち上がると、無言でドアへと歩み寄り、カチャリと内側から鍵をかけた。
完全防音仕様の生徒会室が、外の喧騒を完全に遮断し、静寂に包まれる。
「あの、早乙女先輩……証人喚問って、俺はどうすれば……」
大輝が戸惑いながら尋ねた、その瞬間だった。
鍵をかけた途端、遥の氷のように冷徹な表情が一変した。
「えっ……!?」
大輝が息を呑む。
規律正しい鉄の生徒会長の仮面が音を立てて剥がれ落ち、遥は潤んだ瞳で大輝の胸へと力なく倒れ込んできた。
「せ、先輩!?どうしたんですか、もしかして抗体が……!」
大輝は慌てて彼女を抱き留めた。
しかし、遥の左手に嵌められたV-CHUアプリの指輪は、安全圏である青色に光り輝いている。
大輝が交わしたキスによる「三ヶ月ストック」があるため、彼女の抗体はほぼ完全に満タンのはずだった。
にもかかわらず、遥の心は、大輝の触媒酵素がもたらした「あの時の甘さと安心感」に完全に依存してしまっていたのだ。
「違うの……抗体なんて、どうでもいい……」
「え……?」
「風紀違反なのは分かっている……でも、貴方の唇がないと、もう息すらできないの……!」
悲痛な声で激しく大輝を求める遥。
彼女は背伸びをし、大輝の首に腕を絡ませて、自ら強引に唇を奪った。
「んんっ……!?」
大輝の口内に、遥のチュルリとした舌触りと彼女が愛用する『ビターオレンジ』の大人の香りが瞬時に充満した。
防音の生徒会室で遥の舌に反応した大輝は、すでに癖となってしまったのか、舌を動かして応戦する。
二人は時間を忘れて貪るように唇を重ね合わせる。
(す、すごい……!以前の先輩のキスとは全然違う!)
大輝は内心で驚愕した。
普段の遥が見せる、合理的で無駄のない電光石火の舌技『クイックステップ』ではない。
今の彼女は理性を完全にかなぐり捨て、ただひたすらに大輝の甘さを求めて情熱的な乱れ撃ちを仕掛けてきている。
「んっ……ぁ、はぁっ……大輝、くん……っ」
甘く蕩けるような声を漏らすクーデレ全開の激しいキス。
遥の端正なハーフリムの眼鏡が、二人の熱い吐息で真っ白に曇っていく。
そのあまりに切実で情熱的な求めに、大輝は彼女を安心させるように、無自覚の包摂技『ディープ・レスキュー』で優しく応えた。
大輝の温かい舌が、荒れ狂う遥の感情を丸ごと受け止め、極上の触媒酵素で彼女の口腔内を満たしていく。
「んぁっ……あ……んんんっ」
大輝の底なしの甘さと包容力に、遥の身体は完全に融解し、骨抜きにされて大輝の胸にすがりつくしかなかった。
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「……コホン」
遮るタイマーがない中、遥が満足するまで大輝の舌を堪能し、長いキスが終わると、彼女は乱れた制服の襟元を直し、曇った眼鏡を拭いた。
「呼び出しておいて突然キスってどういうことですか?」
大輝が戸惑いながら尋ねると、遥は頬を桜色に染めながらも、悪びれる様子もなく言い放った。
「あなたが悪いのよ、大輝くん。鉄壁だった私の理性の限界を、あなたがその唇で壊したのだから」
「俺のせいですか!?」
「ええ。それにしても、相変わらず素晴らしい舌使いね。あなたのその全てを包み込むような優しさと、底なしに甘い唾液の神秘性……まさに国宝……いいえ、神話級だわ」
大真面目に褒めたたえる遥の滅茶苦茶な理論に、大輝は完全に押し切られて反論できなくなってしまった。
「……コホン」
気を取り直すように咳払いをした遥は、声のトーンをいつもの冷徹な生徒会長のものに戻した。
「さて、先ほどの騒動の件ですが、生徒会長の特権を発動して、全校生徒へおふれを出します」
「おふれ、ですか?」
「ええ。生徒の品位を保つためという建前で、あなたへの過剰なキスの要求や、意図的な抗体枯渇によるSOSの悪用を厳しく控えるよう通達します」
大輝の負担を減らすための、強力な政治的介入。
大輝がホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、遥は潤んだ瞳で上目遣いに彼を見つめた。
「その代わりに……週一回でいいので、またこうして私とキスをさせてほしいの」
「えっ!?し、週一回ですか!?」
「だめ……かしら?」
頬を赤らめて歎願する遥の姿は、普段の氷の女帝からは想像もつかないほど可憐だった。
狂乱の争奪戦を収めるためにも、大輝はその条件を渋々受け入れることにした。
「……わかりました。でも、約束してください」
「約束?」
「本当に急な救援を求める人がいたら、俺は絶対に見捨てません。誰の命令であっても、助けを求める人は放っておけないんです」
大輝は実直な瞳で、真っ直ぐに遥を見据えて宣言した。
自分との秘密の契約よりも、見知らぬ誰かの人命救助を優先する。
その揺るぎない誠実さと愚直なまでのお人好しぶりに、遥は呆れたように小さく息を吐いた。
(本当に、馬鹿まじめな人……。でも、だからこそ惹かれてしまうのね)
遥は、自分の思い通りにならない大輝のその真っ直ぐな姿に、さらに深く惚れ直していた。
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生徒会室から解放され、夕暮れの廊下を歩いていた大輝は、下駄箱の前で幼馴染の清水沙羅理に呼び止められた。
「大輝!遅いじゃない。証人喚問、どうだったの?」
「ああ、沙羅理。心配かけてごめんな。でも大丈夫だ、早乙女先輩が全校生徒に俺への過剰な要求を禁止するおふれを出してくれるってさ」
「えっ、本当に!?あの氷の生徒会長が、大輝のためにそんな便宜を図ってくれたの?」
沙羅理が驚いて大輝の顔を覗き込んだ時だった。
「……くんくん。ねえ、大輝」
「ん?どうした?」
「あなたから……すっごく大人っぽい、柑橘系の香水の匂いがするんだけど」
沙羅理の鼻腔をくすぐったのは、大輝から微かに残る『ビターオレンジ』の大人の香りだった。
「あ、いや!これはその、生徒会室でこってり絞られたっていうか……物理的に至近距離で指導を受けたというか……!」
大輝は慌てて目を泳がせ、天然な言い訳で誤魔化そうとする。
しかし、沙羅理の女の勘は誤魔化せなかった。
(大輝から、生徒会長の愛用してるタブレットの香りがする……。まさか、あの規律の塊みたいな早乙女先輩まで、大輝の唇の虜になってるんじゃ……!)
沙羅理の背筋に、ゾクッと冷たい汗が走った。
学園のルールを支配する絶対的な権力者すらもが、裏では大輝を求めているかもしれない。
(どうしよう……。私が『幼馴染』なんていう安全な距離でモタモタしてる間に、大輝が本当に手の届かない誰かのものになっちゃう……!)
夕日に染まる下駄箱の前で、沙羅理は自らの制服の胸元をギュッと握りしめ、かつてないほどの激しい焦燥感と嫉妬に駆られていた。




