第23話 キスを巡る他校生との大乱闘
フォロワー二百万人を誇るカリスマギャル・インフルエンサー、乙羽樹瑠璃の生配信は、一夜にして学園の勢力図を完全に塗り替えてしまった。
『私のバキュームも全然効かなくて、あんなに甘くて頭真っ白になったの初めて!』
『一回で三ヶ月分もストックできちゃったし!マジチートすぎない!?』
樹瑠璃が配信で語った熱狂的なレビューと匂わせ発言は、瞬く間にSNSで拡散され、全校生徒の知るところとなった。
元より「一回で三ヶ月持続する」という噂は流れていたが、学園外のトップインフルエンサーである彼女が身をもってその効果と『異常な甘さ』を証明してしまったのだ。
大輝の誠実な人柄と極上の触媒酵素の噂は、もはや抑えきれない暴動レベルの熱狂へと変わっていた。
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翌日の昼休み。
学園の中庭と渡り廊下は、開校以来かつてない異様な怒号と熱気に包まれていた。
「いたぞ!あいつだ!あのデカい水筒を持ってる奴だ!」
「根張大輝――ッ!俺たちの純潔の女神・ジュルリちゃんの唇を奪った大罪人は貴様かぁぁぁッ!!」
巨大な二リットル水筒を抱えて購買へ向かっていた大輝の前に、目を血走らせた男子生徒たちの集団が怒涛の勢いで雪崩れ込んできた。
樹瑠璃の熱狂的なファンである男子生徒や校内の『ジュルリ親衛隊』たちが、角材や丸めた応援うちわを握りしめ、殺気立った形相で大輝を取り囲む。
「ちょ、ちょっと待ってください!俺はあの時、倒れかけていた乙羽さんを人命救助しただけで……!」
「黙れッ!配信で『頭が真っ白になった』だの『三ヶ月ストック』だの言わせておいて、ただの医療行為で済むと思うな!」
「チート体質を笠に着て女子を誑かす不埒者め!校内の男全員の敵だ、袋叩きにしてやる!」
男子生徒たちが拳を振り上げ、大輝へ掴みかかろうとした――まさにその時だった。
「きゃああっ!見つけたわ、あの黒髪の彼よ!」
「根張くん!私、隣の聖桜女学館の三年生なんだけど!」
正門のフェンスを乗り越え、あるいは裏門の警備をすり抜けて、見たこともない他校の制服――紺のブレザーや純白のセーラー服を着た女子高生の一団が、中庭へとなだれ込んできたのだ。
配信によって大輝の特異体質と学校名が特定された結果、近隣校から抗体に飢えた他校の女子生徒たちが昼休みに遠征してきたのである。
「根張くん、お願い!私、もう抗体残量が危ないの!噂の神キスを私にもちょうだい!」
「ちょっと、あんたたち誰よ!他校の部外者が勝手に大輝くんに群がらないで!」
「そうよ!大輝くんの一日十枠は、うちの学園の生徒のものなんだから!」
潤水学園の女子生徒たちも押し寄せ、他校の乱入者たちと激しい掴み合いを始める。
大輝を私刑にしようとする男子集団、抗体を求めて殺到する他校女子、大輝を独占しようとする校内女子――。三つ巴の欲望と怒号が渦巻き、中庭は暴動寸前のパニックへと陥った。
「あんたたち、いい加減にしなさいよッ!!」
怒声を上げて大輝の前に割って入ったのは、幼馴染の沙羅理だった。
沙羅理は大輝を背中に庇い、男子たちを鋭く睨みつける。
「大輝は何も悪いことしてないじゃない!乙羽さんを助けただけなのに、言いがかりで乱暴するなんて最低よ!」
「誰だアンタ!これは男の尊厳を懸けたケジメなんだ!」
「おいおいおい、野郎ども!暴力はいけないぜ!」
そこへ、ボサボサの茶髪を揺らした親友の矢場平助が颯爽と飛び込んできた。
安売りの徳用口内清涼剤『メガストロング・ハッカ』をジャラジャラと鳴らしながら、男子集団と他校女子の間へ両手を広げる。
「落ち着け男子諸君!そして可愛い他校の女子たち!そんなに抗体が欲しいなら、この俺のフェザータッチで……」
「邪魔よ!見るからにモブ男ッ!!」
「ぐはぁっ!?」
女子の強烈な前蹴りと男子の怒りの右ストレートを同時に食らった平助は、綺麗な放物線を描いて中庭の植え込みへと吹き飛んでいった。
「平助ッ!?みんな落ち着いてください、他校の人が敷地に入っちゃ危ないし、暴力も絶対にダメだ!」
大輝は水筒を抱えながら必死に制止しようとするが、掴みかかる男子たちと腕を引っ張る女子たちに揉まれ、身動きが取れなくなる。
揉みくちゃにされ、今にも大乱闘の火蓋が切られようとした、その時だった。
「そこまでになさいッ!!」
凛とした、冷たく鋭い声が廊下に響き渡った。
その声の主が現れた瞬間、暴動寸前だった女子生徒たちの動きがピタリと止まり、モーセの海割りのように道が作られた。
「学園の風紀と品位を、これ以上汚すことは私が許しません」
腕章をつけた弓道部員たち――生徒会の風紀委員を背後に従え、颯爽と歩み出てきたのは、生徒会長の早乙女遥だった。
完璧に着こなした制服、腰まで届く黒髪ストレートロング、そしてハーフリムの眼鏡の奥で光る切れ長の瞳。
氷の女帝と恐れられる彼女の圧倒的なカリスマ性に、女子たちは一斉に怯んだ。
「さ、早乙女会長……!」
「他校生徒による敷地内への不法侵入、ならびに私憤による集団暴力・私刑未遂……。学園規則および風紀紊乱の重大な違反行為です。本校生は直ちに解散し、他校の生徒は速やかに校外へ退去しなさい。従わない者は、風紀委員の拘束を経て即刻厳罰に処します」
遥の冷徹な一喝に、女子生徒たちは渋々と、しかし確実な恐怖を抱いて散り散りになっていった。
瞬く間に静寂を取り戻した廊下で、大輝は肩で息をしながら深く頭を下げた。
「助かりました、早乙女先輩。皆さんパニックになっていたみたいで……」
「……」
遥は無言のまま大輝の前に立ち、その切れ長の瞳で彼をじっと見つめた。
表向きは規律を重んじる鉄の生徒会長。
だが、その瞳の奥には、獲物を逃がさないような静かで熱い執着が渦巻いているのを、大輝も沙羅理も気づいていなかった。
「根張大輝くん」
「はいっ!」
「私は『校内の風紀紊乱を取り締まる』立場として、この異常な騒動を看過するわけにはいきません」
遥は冷たく言い放ち、大輝を指差した。
「この狂乱の元凶であるあなたに、特別証人喚問を行います。今日の放課後、生徒会室へ出頭しなさい」
「証人喚問、ですか……。仰々しいですね。分かりました、必ず伺います」
大輝は姿勢を正し、実直に返事をした。
遥は微かに唇の端を吊り上げると、踵を返して颯爽と去っていった。
残された沙羅理は、遠ざかる生徒会長の背中と、大輝の顔を交互に見比べながら、胸の奥で得体の知れない不安を抱き始めていた。




