第22話 ギャルを骨抜きにする極上の甘いキス
「んむっ……!?」
樹瑠璃の身体が、ビクンと大きく跳ねた。
彼女の口内にあった、愛用の『ハニーグレープ』のジューシーな炭酸フレーバー。
その弾けるようなフルーティな香りが、大輝の唾液腺から無尽蔵に溢れ出す未知の触媒酵素と混ざり合い、信じられないほどの甘美な濁流となって樹瑠璃の脳を直撃した。
(な、何これ……っ!?甘い……すっごく、甘いし……!)
樹瑠璃のダイナミックな吸引が、大輝の圧倒的な人間味と包容力によって完全に中和され、融解していく。
エンドルフィン受容体を直接揺さぶる極上の多幸感ペプチドに、樹瑠璃の思考は完全にショートした。
「んぁっ……、あ、んんんっ……!」
攻めていたはずの樹瑠璃が、逆に圧倒され、腰の力を完全に抜かれて大輝の胸に崩れかかる。
頭が真っ白になり、失神寸前まで抗体と快感で満たされていく。
ジュプ……チュル、クチャ……。
ジューシーな炭酸グレープの香りと、大輝の素の味が濃密に絡み合う水音が、防音の密室に響き続けた。
ピーッ!
規定の二分間が経過し、ブースの曇りガラスが透明化する直前を知らせるアラートが鳴った。
「ぷはっ……!」
大輝が優しく唇を離す。
息を吹き返した樹瑠璃は、焦点の定まらずに寄り目の潤んだ瞳で、自らを救った素朴な大輝の顔を間近で見つめた。
「はぁ……はぁ……大丈夫ですか?」
大輝は息を切らしながらも、心配そうに樹瑠璃の顔を覗き込んでいる。
その真っ直ぐで誠実な瞳と、信じられないほど甘かった唇の感触。
樹瑠璃の胸の奥で、ドクンと大きな音が鳴った。
(……やばい。これって、雷に打たれたってやつかも……)
カリスマギャルの心に、これまで経験したことのない強烈な衝撃が走った瞬間だった。
+++
その日の夜。
自室に帰った樹瑠璃は、最新型のスマートフォンと自撮り用LEDリングライトをセットし、興奮冷めやらぬままライブ配信を始めてしまった。
『みんなー!おつジュルリ〜♪今日はね、マジでやばいことがあったの!』
画面越しの樹瑠璃は、頬を桜色に染め、いつも以上にテンションが高かった。
『今日ね、学園でマジぶっ倒れそうになったんだけど、そしたら超絶神みたいな男子に助けられちゃって!』
『もうね、その人のキス、すっごいの!私のバキュームも全然効かなくて、逆に包み込まれちゃって……あんなに甘くて、頭真っ白になったの初めてかも!』
『しかもね、ブッチューアプリ見たら、たった一回で三ヶ月分もストックできちゃったし!マジチートすぎない!?』
大輝とのキスの極上の余韻が忘れられず、大輝の存在を露骨に匂わせる発言を連発する樹瑠璃。
彼女のフォロワー二百万人のアカウントは、一瞬にしてコメントの嵐となった。
『えっ、ジュルリちゃん恋バナ!?』
『三ヶ月!?そんなドナーいるわけないっしょ!?』
『その男子紹介して!』
『マジで!?俺のジュルリがどこの馬の骨ともわからん奴と濃厚接触しただと!?』
『相手の男絶対許さん!』
女子のファンは「ジュルリの恋を応援する!」と盛り上がり、男子のファンは「俺のジュルリを奪った男は誰だ!」と嫉妬の嵐を巻き起こした。
ネット上のコメント欄は、大輝という謎の『神ドナー』の話題で持ちきりになり、すさまじい勢いで拡散されていった。
『あー、もう!あの唇、また味わいたいなー……。彼っち、マジでかっこよかったし!』
樹瑠璃は画面の向こうのファンたちを完全に置き去りにし、両手で頬を包んでうっとりと思い出し笑いを浮かべていた。
+++
翌朝、学園の一年生の教室。
ホームルームが始まる前から、矢場平助の悲鳴のような大声が響き渡った。
「だ、だ、だ、大輝ぃぃぃぃっ!!」
ボサボサの茶髪を振り乱し、丸眼鏡をずらした平助が、大輝の机にバンッと両手をついて身を乗り出してきた。
その手には、再生されたスマートフォンの動画画面が握られている。
「お前、昨日……あの超有名インフルエンサーの生ジュルリとキスしたってマジかよ!?」
「え?あ、乙羽さんのことか?昨日、廊下で残量五パーセントで倒れかけてたから、急いでキスボに運んで……」
大輝が真面目な顔で答えると、平助はガックリと膝から崩れ落ちた。
「嘘だろ……。俺の女神であるジュルリちゃんにまで、お前のそのチート唇が奪われちまうなんて……!俺なんて昨日も『鳥のエサやり』って言われて邪険に扱われたってのに!唾液格差のバカヤロー!!」
平助が床を叩いて号泣し、発狂している横で、幼馴染の清水沙羅理がハンカチをギリギリと噛み締めていた。
(大輝のバカ……。私が知らないところで、またそんなカリスマギャルをたらしこんでるなんて……!)
沙羅理の頭の中では、大輝が派手なギャルとキスボで濃厚に舌を絡ませている光景が勝手に再生され、強烈なヤキモチが爆発寸前になっていた。
「だ、大輝の浮気者ぉぉぉっ!!」
「ええっ!?なんで俺、沙羅理にまで怒られてるんだ!?何度も言ってるがこれは純粋な医療行為で、人命救助だったんだぞ!」
巨大な水筒を抱えながら本気で慌てる大輝をよそに、教室は平助の嗚咽と沙羅理の嫉妬のオーラでカオスな空間と化していた。
樹瑠璃の生配信による大反響は、大輝の『一日十枠』を巡る学園内の狂乱の争奪戦に、さらなる火に油を注ぐ結果となってしまったのである。




