第19話 直接採取のキス
「んっ……!」
大輝の口内に、大人のビターな香りが瞬時に広がる。
芹那は学生時代にフェンシング部で培った動体視力と柔軟な舌先のしなりを活かし、大輝の口腔内へと鋭く侵入した。
ジュルルッ、ちゅるるっ、くちゅっ!!
それはまさに精密ピペッティングのように繊細で、目視せずともマイクロリットル単位の液体を計量するかのような、正確無比な舌技だった。
(アンタの舌下静脈叢を直接刺激して、強制的に唾液分泌を最大化させる……!)
芹那の舌が、大輝の舌の裏側を的確に撫で上げた。
「ちゅるっ……んぐっ……じゅるっ……はぁっ!!」
しかし、大輝の舌は芹那の鋭い攻撃から逃げることなく、真正面からそれを受け止めた。
「んむっ……!?」
大輝の温かく包容力のある口腔全体が、繊細な芹那の舌先を丸ごと呑み込んでいく。
粘膜を傷つけず、すべてを慈しむように広く優しく包み込む大輝の無自覚な舌技『ディープ・レスキュー』が発動したのだ。
チュプ……ジュル、クチャ……。
静かなラボの中に、生々しくも艶やかな水音が響き渡る。
大輝の唾液腺の深部から溢れ出した極上の甘みを持ったペプチドが、芹那の舌を通じて、採取を忘れて彼女の脳の快感中枢を直撃した。
(あ……だめ、この甘さ……っ!)
芹那の思考が、強烈な多幸感によって一瞬で真っ白に染め上げられる。
「んんっ……、あ、はぁっ……んんんっ!」
冷静な研究者としての理性を保とうと強がっていた芹那だったが、大輝の底なしの優しさと圧倒的な甘美さに抗うことなどできるはずがなかった。
膝の力が抜け、芹那は大輝の胸に崩れかかる。彼女は片手で必死に密閉容器を握りしめながら、もう片方の手で大輝の白シャツを強く握りしめ、抗えない快楽に溺れるように嬌声を漏らした。
(溶ける……頭の奥が痺れて、あなたの味しか、わからなくなる……っ)
ダークチョコの苦味が、大輝の『カタリスト・ゼロ』によって信じられないほど甘く蕩けるような味へと変化していく。
(だめ……呑まれちゃだめよ……!なんとか、サンプルを……っ)
脳を麻痺させる圧倒的な甘美さに抗い、芹那は研究者としての最後の理性を総動員した。
本能のまま喉を鳴らして大輝の唾液を飲み干してしまいたいという強烈な衝動に爪を立て、彼女は舌を巧みに波打たせながら、大輝の口腔内へ陰圧をかける。
ジュルルッ……ズチュ、ちゅぷ……ッ。
大輝の舌下静脈叢から絶え間なく湧き出る、蜜のように濃厚な唾液。芹那はそれを自らの口内へと懸命に吸い寄せていった。
吸い込むたび、極上の甘みと多幸感ペプチドが舌の付け根を痺れさせ、喉の奥が痙攣するように嚥下を欲して軋む。
「んっ……く、んぅ……っ、ジュプ……ッ!」
(飲み込んじゃ……だめ……!全部、ここに……集めなきゃ……!)
芹那は切迫した吐息を漏らしながら、大輝の白シャツを握る手に力を込めた。
喉元を固く締め、一滴たりとも胃へ落とさないよう耐え忍びながら、両頬の内側と舌の裏へと大輝の体液をじっと貯留していく。
吸い込めば吸い込むほど、口内を満たす大輝の唾液は質量と熱を増し、タプタプとした重みとなって芹那の口腔を支配していく。
唇の端から零れ落ちそうになる極上のサンプルをこぼすまいと、芹那はより深く、貪るように大輝の唇へ吸い付いた。
「んぁっ……、大輝、くん……ちゅる、んっ……」
大人の女医としての威厳と理性をすり減らし、限界までその甘さに抗いながらも、芹那の口内は大輝の高濃度な唾液で隙間なく満たされていく。
大輝は芹那が酸欠にならないよう、中距離走で鍛えた強靭な肺活量でゆっくりと息を吹き込みながら、彼女の背中を優しく支え続けた。
ピーッ、ピーッ。
やがて、規定の二分間が経過したことを知らせるタイマーが鳴り響いた。
「ぷはっ……!」
芹那は弾かれたように唇を離し、荒い息を吐きながら後ずさった。
「はぁ……はぁ……っ、んっ」
彼女の瞳は潤んで焦点が定まらず、口元からは銀色の糸が艶かしく引いている。白衣は乱れ、胸元が大きく波打っていた。
「先生、大丈夫ですか!?顔が真っ赤ですよ、水分を……」
「はっ、へ……ほはいえ……!」(待って。来ないで)
芹那はフラフラとしながらも、自らの口内に溜まった大輝の高濃度の唾液を、持っていた密閉真空容器の中へと慎重に吐き出した。
カチッ、と厳重にロックをかける。
「……ふふっ、やったわ。大輝くんの新鮮な唾液サンプル、採取成功よ」
芹那は息も絶え絶えになりながら、勝利の笑みを浮かべて容器を掲げた。
「先生、本当に研究のためだったんですね……。すげえ気迫だ」
大輝が感心したように頷くのを見て、芹那は隠れて大きく深呼吸をした。
(危なかった……あと数秒遅ければ、理性を完全に吹き飛ばされて、自分から何度もキスをねだっていたかもしれない……!)
大輝の唇の恐るべき依存性に戦慄しながらも、芹那の瞳には、世界を救うための研究に向けた狂気にも似た熱意が宿っていた。
「さあ、これで幻の分子コードの正体をさらに暴いてみせるわ。……あなたの貴重な唾液は絶対に無駄にはしないわよ」
芹那は乱れた白衣を直し、真っ直ぐな瞳で大輝を見つめ返した。




