第14話 支配のキスを拒絶する少女
「んぁっ……大輝、くん……んんっ……」
麗華は無意識のうちに、自分から大輝の首に腕を回し、その優しさにすがりつくように舌を絡ませた。
ちゅぱっ、ぬちゃっ、れろれろっ!!
(よし、呼吸が安定してきた……!)
規定の三十秒間、大輝は一度もペースを乱すことなく、麗華の荒れた口腔内をひたすらに癒やし続けた。
ピーッ、というタイマーの音が鳴り、二人の唇がゆっくりと離れる。
その一瞬の救護行動で、大輝の触媒酵素は麗華の体内に、三ヶ月分という途方もない期間の免疫を一瞬で定着させていた。
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プシュッ、と音を立ててキスボの扉が開いた。
外では、蘭聖が苛立ちを隠せない様子で腕を組んで待ち構えていた。
周囲には、騒ぎを聞きつけた他の生徒たちも遠巻きに集まっている。
「おい、麗華。まさか本当にその下級民族の駄唾液を受け入れたわけではあるまいな?」
蘭聖が高圧的に睨みつける。
「俺に逆らったことを今すぐ土下座して謝るなら、もう一度だけ俺の所有物にしてやっても……」
「お断りいたします」
凛とした声が、廊下に響いた。
ブースから出てきた麗華は、見違えるように血色を取り戻していた。
頬を桜色に染め、大輝の腕にギュッとすがりついている。
「な、なんだと……?」
蘭聖が絶句する前で、麗華は真っ直ぐに彼の瞳を見据えた。
「大輝くんのキスは、あなたみたいな暴力的なものじゃない。心から私を救ってくれた……。私はもう、あなたの言いなりにはならないわ!」
麗華は、公衆の面前で蘭聖の支配からの離脱をはっきりと宣言した。
「なっ……この、誰に向かって……!」
大輝が一歩前に出た。
「相手の粘膜を傷つけて支配した気になってるなんて、医療でもなんでもない。あんたの傲慢なキスじゃ、もう誰も救えないし、心なんて繋ぎ止められないよ」
大輝の毅然とした態度にひるむ蘭聖。
周囲の生徒たちから、ざわめきが起こる。
『あの蘭聖様が振られたぞ……』
『大輝くん、やっぱりすごいんだ……』
『一日十人の枠……私も絶対に手に入れないと……!』
ヒソヒソと囁かれる声が、蘭聖の鼓膜を容赦なく打つ。
「き、きさまら……っ!」
絶対的なカーストの頂点に君臨していた蘭聖のプライドは、この瞬間、完全に粉々に砕け散った。
蘭聖は屈辱に顔を歪め、拳を音が鳴るほど強く握りしめると、大輝に対して殺意すら入り混じった激しい敵意の炎を燃やし、逃げるようにその場を立ち去った。
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放課後の薄暗いハンドボール部室。
蘭聖は一人、壁際のロッカーに背中を預けて荒い息を吐いていた。
「クソッ……!クソッ、クソッ、クソォォォッ!!」
ドンッ!と鈍い音を立てて、蘭聖の拳がスチール製のロッカーを激しく殴りつける。
誰もいない空間で、彼は先ほどの屈辱を反芻し、ギリギリと歯を食いしばっていた。
ピロリン。
静寂を破り、彼の左手薬指に嵌められた特注ダイヤモンド仕様のV-CHUデバイスが、無機質な通知音を鳴らした。
メッセージの送信元は、巨大企業『三社連合ユニバースプラッシュ』の総帥であり、彼の実の父親である網野征士郎からだった。
『優良ドナーとしてのスコアを落とすな。女どもを完璧に支配し、網野家のブランドに傷をつけるな』
画面に表示された文字には、息子への愛情など欠片も存在しない。
あるのはただ、企業利益と抗体スコアの維持という冷徹な命令だけだ。
「……わかっていますよ、父さん。俺は、完璧なドナーでなければならないってことくらい……」
蘭聖は震える指で画面を閉じ、もう一度、力強く壁を殴りつけた。
彼の脳裏には、幼少期から「抗体スコアを維持する道具」として厳しく育てられ、心を通わせる友人すら作れなかった自分自身の孤独な過去がこびりついている。
「俺は負けない。あんな得体の知れない男に、俺が積み上げてきたすべてを奪われてたまるか……!」
ふと、ポケットの小瓶から漏れ出た激苦エキスの焦げた臭いが鼻腔をつき、蘭聖は胃の底から込み上げる激しい吐き気に襲われた。
(俺は……あいつに勝つために、ドナーの命である口腔粘膜を焼く毒薬なんぞに頼ったのか)
己のプライドを守るため、相手を毒殺まがいの手口で陥れようとした浅ましさ。
誰もいない部室で、蘭聖は血のにじんだ拳を握りしめた。
カーストの頂点に君臨する暴君――しかしその実態は、父親の命令と社会のシステムに縛り付けられ、抗体スコアを維持する道具として利用させられている哀れな被害者に過ぎなかった。
大輝との決定的な対立は、蘭聖の心に暗く深い影を落としながら、さらに激化していくこととなる。




