第12話 キスを奪う陰謀
数日後。
大輝の「一回で三ヶ月持続する」という圧倒的な性能は、瞬く間に学園中の女子たちを狂乱の渦に巻き込んだ。
その余波は、蘭聖を取り巻く女子たちにも確実に波及していた。
「……おい、麗華。最近、俺のところへ来る回数が減っていないか?」
放課後の誰もいない教室で、蘭聖は不機嫌そうにソファに深く腰掛け、目の前に立つ女子生徒を冷ややかに睨みつけた。
「そ、そんなことありません蘭聖様!私は、蘭聖様のためだけに……!」
蘭聖の取り巻きの一人である麗華が、怯えたように首を横に振る。
「嘘をつくなど三流のすることだ。まさかとは思うがお前も、あの根張大輝の『三ヶ月ストック』とやらに目が眩んでいると違うか?」
「違います!私は……!」
「黙れ」
蘭聖の低く冷酷な声に、麗華はビクッと肩を震わせた。
蘭聖は苛立っていた。
自分が餌を与えて飼い慣らしていたはずの女子どもが、得体の知れないぽっと出の新人に心を奪われかけている。
カーストの頂点に立つ者として、この屈辱は絶対に許されなかった。
「麗華。お前が俺の所有物だと言うのなら、行動で示せ」
「行動、ですか……?」
蘭聖はポケットから、小さなガラスの小瓶を取り出し、麗華の足元に投げ捨てた。
「その小瓶の中身は、網野バイオテックが開発中の強力な『時間差激苦エキス』だ。口に含んで数分後に粘膜が焼け焦げるような不快な味と臭いを発する」
「これを、どうするんですか……?」
「あの大輝とかいう目障りな男の、口内清涼剤のケースに仕込んでこい」
「えっ……!?」
麗華は青ざめた。
「あいつはいつも、無味無香料のタブレットを口にしていると聞いた。それにこのエキスを染み込ませれば、あいつとキスをした女子どもは、あまりの激痛と悪臭に二度とあいつには近づかなくなるだろう」
「そ、そんな……。でも、もしバレたら、未成年者衛生保護法違反の悪質な妨害行為として、退学に……!」
「俺の命令が聞けないのか?」
蘭聖は冷酷な目で麗華を射抜いた。
「これを成功させれば、明日は特別に俺の部屋の防音キスボで、たっぷり一時間可愛がってやる。だが、もし失敗すれば……二度と俺はお前に唾液を与えない。野垂れ死ぬことだな」
「あ……ああ……っ」
抗体供給を断たれるという死の宣告を突きつけられ、麗華は震える手で小瓶を拾い上げるしかなかった。
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翌日の昼休み。
麗華は大輝の教室の前に潜み、彼が席を外すタイミングを窺っていた。
(これを、大輝くんの机にあるタブレットケースに一滴垂らせば……私は、蘭聖様に見捨てられずに済む……!)
麗華の心臓は早鐘のように打っていた。
大輝が水筒に水を補充するために教室を出たのを見計らい、麗華は震える足で彼の席へと近づいた。
机の上には、見慣れた医療用の『メディカル・プレーン』のケースが無造作に置かれている。
(ごめんなさい、大輝くん。でも、私が生き残るためには、こうするしか……!)
麗華が小瓶の蓋を開け、ケースに垂らそうとしたその時だった。
「あれ?先輩、俺の席に何か用ですか?」
「ひっ!?」
背後から声をかけられ、麗華は手から小瓶を取り落としそうになった。
振り向くと、巨大な水筒を提げた大輝が、不思議そうな顔でこちらを見ている。
「あ、あの……これは、その……!」
麗華はパニックに陥り、小瓶を咄嗟にポケットにねじ込んだ。
「あ、顔色が悪いですね。もしかして抗体が切れて……?なら、すぐキスボへ行きましょう!俺の枠、まだ空いてますから!」
大輝は全く疑う様子もなく、純粋に麗華の体調を案じて顔を覗き込んできた。
その実直で裏表のない心配そうな瞳を見て、麗華の胸に強烈な罪悪感が突き刺さった。
(こんな、こんなに純粋に人を助けようとしている人に……私は、なんて酷いことをしようと……!)
麗華は耐えきれなくなり、両手で顔を覆った。
「ご、ごめんなさい……!私、なんでもないの……!」
麗華は大輝を突き飛ばすようにして、教室から逃げ出した。
+++
「……失敗しただと?」
放課後。
報告を受けた蘭聖の冷酷な声が、部室の空気を凍らせた。
「ご、ごめんなさい、蘭聖様!どうしても、あんな真面目な人にそんなこと、できなくて……!」
泣き崩れる麗華を、蘭聖は虫ケラでも見るような目で見下ろした。
「俺の命令よりも、あの男の偽善に絆されたというわけか」
「違います!私はただ……!」
「もういい。お前のような使えない女に、俺の最高級の唾液を与えてやる義理はなくなった」
蘭聖は踵を返し、ドアへ向かって歩き出した。
「待って!蘭聖様、見捨てないで!もう指輪の残量が、十五パーセントを切ってるの!お願い、少しだけでも……!」
「俺に触るなと言ったはずだ」
すがりつこうとした麗華の手を、蘭聖は冷酷に払い除けた。
「他の底辺どもにでも拾ってもらうんだな。俺の目の前から消えろ」
バタン、と冷たい音を立ててドアが閉められる。
「あ……ああ……っ」
麗華は絶望のあまり、その場にへたり込んだ。
蘭聖から見放されたということは、学園における死を意味する。
他のカースト上位の男子たちも、蘭聖の顔色を窺って麗華を助けることはないだろう。
ピピッ、ピピッ、ピピッ!
残酷にも、麗華の左手のデバイスが、抗体切れの限界を知らせる緊急SOSビーコンを鳴らし始めた。
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※未成年者衛生保護法について
満十六歳未満の未成年は、体内のウイルスが覚醒する前であるため、いかなる場合も他者とのディープキスが未成年者衛生保護法で固く禁じられている。この法律に違反した者は重罪となる。




