第11話 屈辱的なキス
昼休みの渡り廊下に、悲痛な声が響き渡った。
「ああっ……蘭聖様……!もう抗体が、切れる……お願いします、私に……!」
学園の生徒会副会長である美和子が、床に膝をつき、一人の男子生徒の足元にすがりついていた。
見下ろしているのは、アッシュブロンドを優雅に流した貴公子風の美青年――ハンドボール部部長の網野蘭聖である。
「……目障りだ。俺の靴に触るな」
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ!でも、もう抗体が限界で……!」
美和子の左手に嵌められたV-CHUデバイスは、生存可能時間のレッドゾーンを示し、激しい脈動警告を発していた。
蘭聖は冷酷な瞳で美和子を見下ろすと、彼女の腕を乱暴に掴んで立ち上がらせた。
「来い。お前みたいな出来損ないには、特別な教育が必要みたいだな」
「ああっ……蘭聖様……っ!」
蘭聖は美和子を引きずるようにして、廊下の隅にある白とミントグリーンの公衆免疫交換ブース――通称『キスボ』へと乱暴に押し込んだ。
電子施錠の音が鳴り、調光ガラスが白く曇る。
ブースの中で、蘭聖は最高級の口内清涼剤『プレステージ・シャンパン』を口に含むと、美和子の顎を力任せに掴んだ。
「んむっ……!?」
蘭聖の舌技『ロイヤル・ドミネーション』が発動する。
ヌッチョ。……ヌッポ。
自らの強大な抗体を餌に、力強く相手の口腔内を上から押し潰すように制圧・支配する高圧的な舌技だ。
「んんんっ……ぐちゅっ……痛っ、蘭聖様……じゅぷっ……痛いっ……!」
「黙って受け入れろ。俺の唾液がないと生きていけない身体のくせに」
金箔と白葡萄エキスが入った微発泡タブレットの香りが、わがままで乱暴なキスと共に美和子の口内を蹂躙していく。
擦過摩擦の痛みに美和子は涙を流すが、抗体が補充される快感と支配による麻痺で、彼女の思考は完全に停止していった。
ぬちゃぬちゃっ、じゅぷっ、じゅぽっ!!
やがて規定のタイマーが鳴り、ブースの扉が開く。
「はぁ……はぁ……っ」
膝から崩れ落ちそうになる美和子を、蘭聖はふわりと優しく抱き止めた。
「よく頑張ったな、美和子。少し手荒だったか?」
「えっ……?あ、ううん……」
キスボから出た途端、蘭聖の態度は豹変した。
先ほどの暴君ぶりは鳴りを潜め、美和子の乱れた髪を慈しむように撫でる。
「お前のそういう健気なところ、俺は嫌いじゃないぜ。……またいつでもおいで。子猫ちゃん」
「あ……はいっ……蘭聖様……!」
DV男そのものの振る舞いだった。
恐怖と暴力で支配した後に、甘い言葉で優しく丸め込む。
こうして蘭聖は、学園の気弱な女子たちを精神的に依存させ、自らの食い物にしていたのだ。
その光景を、少し離れた廊下の角から静かに見下ろしている人物がいた。
生徒会長の早乙女遥である。
(……哀れね。副会長という立場でありながら、あんな男に媚びを売らなければ生きていけないなんて)
遥は冷ややかな目で美和子の惨めな姿を見つめ、ハーフリムの眼鏡を指で押し上げた。
もし大輝に出会っていなければ、自分もまた、権力と抗体を持つ男子に膝まずき、屈辱的なキスを懇願するしかなかったかもしれない。
だが、今の遥は違う。
(私には、あの人がいる。……あの温かくて、底なしに甘い、極上の唇が)
遥は自らの左手の指輪デバイスを見つめた。安全圏を示す青い光と、三ヶ月ストックという圧倒的な生存可能時間が、彼女に絶対的な優越感をもたらしている。
(あんな粗暴な男の唾液なんて、もう一生必要ない。……大輝くんの唇は、私のものよ)
遥の胸の奥で、大輝に対する独占欲と、秘密を共有しているという暗い優越感が静かに渦巻いていた。
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「なんだあれ……。副会長の先輩、なんであんな泣きながらキスを……」
同じ頃、中庭から渡り廊下を見上げていた根張大輝が、信じられないものを見るような目で呟いた。
隣にいた親友の矢場平助が、やれやれと肩をすくめる。
「大輝、お前知らないのか?あれが『唾液格差』の頂点、網野蘭聖だぜ」
「サライバ・カースト?網野って、あの購買の清涼剤を作ってる会社の……」
「そうさ。巨大企業『三社連合ユニバースプラッシュ』の御曹司にして、学園一の優良ドナー様だよ」
平助はボサボサの茶髪を掻きむしりながら、忌々しそうに説明を始めた。
「この学園じゃ、抗体の数値が高くて、相手に長い生存時間を与えられる奴が絶対的な権力を持ってるんだ。蘭聖の奴は、その自分の抗体を餌にして、学園中の可愛い女子たちを奴隷みたいに支配してるのさ」
「奴隷みたいにって……!キスは医療行為だろ!?人命がかかってるんだぞ!」
大輝が憤然と声を上げると、平助は鼻で笑った。
「建前はな。でも、現実は違う。俺みたいに抗体の質が悪い底辺は、女子から『鳥のエサやり』なんて言われてゴミクズ扱いさ。逆に蘭聖みたいに権力も抗体もある奴は、女子の方から列をなして『私に唾液をください』ってすがりついてくる。それがこの社会のルールなんだよ」
「そんなの、間違ってる……!医療行為を権力にするなんて!」
「間違ってても、それが現実さ。……まあ、お前のその異常な『三ヶ月持続』の噂が広まってから、少し風向きが変わってきてるみたいだけどな」
平助の言葉通り、大輝の存在は、蘭聖が築き上げてきた絶対的な支配体制に、大きなヒビを入れ始めていた。
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※共同事業体三社(三社連合ユニバースプラッシュ)について
国民の生命維持インフラを独占する民間巨大コングロマリット。口内清涼剤・粘膜保護剤の製造流通を独占する「網野バイオテックホールディングス」、キスボの製造・保守を担う「日生メディカルインフラ」、VーCHUシステムと指輪端末の運用・生体ビッグデータを管理する「セル・データ・システムズ」の三社で構成されている。




