第五章『隠し扉の真実』第三話 家族って何や(七)
(七)
余命三ヶ月……。
曲がりなりにも、俺は弁護士で、一人の父親だ。
やっていいことと、悪いことの分別は理解しているつもりだ。
しかし、よくよく考えれば『自分が奴等を処刑すればいい』との思いに至った。
こいつは、たった数十万円を惜しんだために、命で支払わなければならないとは。
《この男のようなゴミは、きちんと処理しないとな。ひかり……》
俺は胸の中で生きる、ひかりに声をかけた。
――
《迫田が大迫やな》
大迫の自宅へガサ入れをした時の駐車場を思い出して目が冴えてきた。
あのとき百合は、俺たち警察がインターホンを鳴らす前に玄関を開けて、大声を上げるほど驚いた。
しかし、旦那が死んだ数日後に聴取した時には、やけに落ち着いていたように見えた。
――
数日後、俺は迫田の自宅の駐車場に奴の車を入れた。
この日、百合には事前に、旅行代理店のキャンペーンで、三泊四日の信州旅行が当たったから、友達でも連れて遊びに行っておいでと、金を渡して旅行に行かせていた。
「戸締まりを確認するから」という理由で鍵も預かっている。
俺は、「いま奥さんは、このホテルで男と一緒にいます」と嘘をついて迫田を呼び出した。
動画のオープニングを撮り終えて、百合が出てくるまでの待ち時間という体で、「どうぞ」と、睡眠薬入りのお茶を渡す。
俺はこいつを徹底的に調査している。
何時に起きて、何時に女と会っているか、こいつが通っている心療内科の場所さえ知っていた。
なので、他の病院で、迫田と似たような症状を訴え、睡眠薬を処方してもらっていた。
そして、深い眠りに就いている迫田真司の身体を起こして顔を上に向けた。だらしなくよだれを垂らして寝ている顔を、殴りたくなった。
《こいつもゆかりを……》
そう思うと、こんなまどろっこしいことをせずに、持ってきているナイフで、何度も刺してやりたい衝動に駆られた。
気を取り直して俺は深呼吸をした。
この男を、残酷に殺す準備を始める。
百合との逢瀬で、何度もこの駐車場を下見をしていたから、ここが、気密性が高いことを俺は知っていた。
初めてここに来たとき、迫田はここで殺すことを決めた。今日はその仕上げなのだ。
マフラーから管を這わせて、その先に管に合わせて加工したフェイスマスクをつけて、直接排気ガスを吸わせた。
このやり方だと、鼻などに後が残り、足が付く可能性も考えられたが、こいつを仕留めれば、残す標的はあと一人だ。それに俺自身の時間もあまり残っていない。
高田正弘――。
主犯格の男はすでに居場所も行動も特定済みだ。
怒りにまかせて殴りすぎてしまうかもしれないが、それは勘弁して貰おう。
そうだ、一緒に海へ連れて行ってやろう。娘が愛した男なのだから、丁重に且つ無慈悲に死んで貰おう。などと、考えていた。
「どうだ、寝ている間にお前は地獄行きだ。さあ、動画の中のように笑え、笑ってみせろ」
動画を思い出して、またも怒りがこみ上げてきた。
《もういい、一気に仕留めるか》
と、一旦マスクを外してナイフを手に取る。
「ズタズタに裂いてやろうか、ひかり」
そのとき、駐車場の傾斜に目がいった。ナイフで刺すと、血が流れて発見が早まる恐れがある。メインディッシュを前にして、それはいただけない。
フーッと息を吐いて、再びマスクを迫田の顔に押しあてた。
《お前たちは死んで、楽になれると思うな》
俺に残された時間はもうない。
そしてお前達のせいで、地獄へ落ちる俺は、妻や娘に二度と会うことはないだろう。
六道の一つに地獄道があり、その底に八大地獄がある。俺は鬼となって、あいつらを無間地獄で苦しみ続けさせてやる。
娘の……いや、
俺とひかりの未来を奪った罪を、永遠に償わせてやるのだ。
――
「秘密の暴露でしょうか」
翌日の昼頃にやってきた神楽が、この小説を読んだ感想を言った。
そや。一酸化炭素中毒死というのは公になってるけど、フェイスマスクのことは、公には出ていない情報や。
《秘密の暴露。犯人しか知り得ん情報が、小説の中に書かれている。普通なら、それだけで大きな意味を持つ。けど、柴田修一の状態を考えると、「創作です」て言われたら、それを崩すだけの時間がこっちにはない》
「それに警察が把握している事件の概要と時系列が一致しないのと、犯行時期が書かれていないので、わかりません」
《柴田修一は何で、自供まがいの小説を書き、それを俺に渡したんやろ》
俺は修一の真意を量りかねていた。
そして、この小説に一切出てこない人物……。
織田まりか――。




