第五章『隠し扉の真実』第三話 家族って何や(三)
(三)
「ぐっ」
室井の顔がゆがんだ。
二度。
三度。
優子は何度も奴の背中を刺した。
痛みでよろけながらも、室井は優子を力任せに突き飛ばした。
「きゃっ」
「なんじゃいこらぁ!」
奴が優子に向けて叫ぶ。
「お前……。懲りねぇ奴やな」
そう言いながら、優子を何度も蹴り上げた。
《まだ浅い。致命傷にはならない》
俺は咄嗟に男の背後に回り、室井の身体を押さえ込んだ。場合によっては、俺がこのまま息の根を止めるつもりだった。
もがく奴を離さず、優子に短く声をかけた。
「ここ」
俺は男の胸元を示した。
彼女は立ち上がって、室井を睨む。
《いい目だ……》
女が一歩踏み込み、ためらいもなく、男の胸へナイフを突き立てた。
これでもなお、この男が生きているようなら、俺が息の根をとめようとも思ったが、必要なかったようだ。
だが俺はこの時、少し残念な気持ちになった。本音を言うと、俺が……俺の手で、室井の息の根をとめたかった。何故なら、こいつが……ひかりを……。
《まあいい。どうせ生きている時よりも死んでからの方が永いだろうさ。お前とはもう一度、地獄で会おう》
そういう気持ちを押し殺しながら、室井康太が死んだことを確認した後、見えにくい位置まで奴を引き摺っていって捨てた。
その後、離れたところに置いていた車に乗り、彼女を自宅まで送り届けた。道中、彼女は終始うつむいたまま無言だった。
「君が気に病む必要はない。生きる価値のないゴミを処理しただけだ」
前を向きながら静かに優子に言った。
彼女の家の前まで来たとき、「上がっていってください」と、俺の手を握ってきた。優子の目を見て、その言葉の奥にあるものを理解した。
本来なら、彼女の意を汲んで、抱きしめてやるぐらいのことはしてやるべきだったのかもしれない。
彼女の死を新聞で知ったとき、俺はそう悔やんだ。
――
《下島優子いうんは、川上優子のことか。刺創の位置、首への圧迫痕、遺棄の状況。確かにマル害の状況と一致しとる》
実際の名前を少しだけ変えている。この話での室井康太は、マル害の室田康太のことやろ。
だが、あくまでも小説での話や。これだけでは証拠にはならんと思う。
実際、川上優子は被疑者死亡のまま、単独犯として書類送致されている。それに、この小説を元に、証拠を積み上げたとして、修一はすでにこの世にはいない確率が高い。
しかも時系列が逆やった。室田康太の事件が四月一日で、山根あかりの事件が五月一日。わざとそうしたのか、真意は不明やけど、立件するにはそこも押さえなあかん。
俺は、顔を上げて天井の蛍光灯を見た。
《まあいい。どうせ生きている時よりも死んでからの方が永いだろうさ。お前とはもう一度、地獄で会おう》
この部分が引っかかった。どういう意味なんやろ?
死んでも復讐を続ける……。そのように言っているようにもとれた。地獄には八つの階層があると、初婆は言っていた。いわゆる『八大地獄』と仏教ではいわれとるらしい。
八大地獄……。よくわからんから、スマホでググってみた。
ググった結果をかいつまんで説明するとや。殺生。人や生き物を殺す、等活地獄。殺生に加えて、偸盗。他人の物を盗む、黒縄地獄。上記二つの罪に加えて、邪淫。不倫などの不正な性行為、衆合地獄。上記に加えて、飲酒、叫喚地獄……これは、酒呑んだらここやという意味わからん。上記の罪に加えて、妄語。嘘をついて人を欺く、大叫喚地獄。
少なくとも、ほんまに地獄というものがあるなら、俺が思うに室田は大叫喚地獄は確定や。へたしたら確率変動で阿鼻・無間地獄まで行くかもや。
しかも、その責め苦が終わるのに途方もない年数が、かかるみたいや。
地球の年齢が46億年と言われてるけど、それを遙かに超えていた。
《犯罪は昔もあった筈や……。ん? その頃に人間っておったんやろか》
思考が変な方へ行く気がしたので、もう一度修一の小説へと目を向けた。
そうや、仮にこの小説が事実だったとして、何かが抜けている気がした……。
存在するはずの、人間がいない……




