第五章「隠し扉の真実」第二話 奇跡?……そんなもんはまやかしや(八)
(八)
女は声すら上げなかった。
いや、上げられなかったのかもしれない。
首元を押さえていた手が、やがて力なく落ちる。
それを見届けてから、俺は女の身体を、さらに茂みの奥へ引きずっていき隠すように捨てた。
まるで、邪魔な荷物でも押し込むみたいに。
俺は、弁護士でありながら、人を殺した……だが、後悔はしていない。
この女の……おぞましい笑い声を思い出すたびに、何度でも殺してやりたいと震えてくる。
《こんな姿を、娘や妻が喜ぶと思うか?》
川の中から、そんな声が聞こえた。
フッ。何を言う。もはや心の中でしか生きられない二人の気持ちなど、考えていたら人など殺せないではないか。お前が誰か知らないが、偽善者振るのはやめろ。
これは、誰の為でもない。俺の自己満足だ――。
《ならば、直接亡くなった二人に、聞いてみたらいい》
は? 何を言っている? 死んだ人間の声を、どうやって聞けというのか。……教えてくれ。娘の声を聞かせてみせろよ。それが叶うのなら、今すぐ死んでやる。
……娘を、返してくれ。
ゆっくりと流れる川を眺めながら、俺は何度も同じ言葉を胸の内で繰り返した。
――
俺は、冒頭の部分だけで、読むのをやめようかと思った。
『祐輔は喜ばない? ですか。どうして死んだ人間の気持ちがわかるんですか? 教えてください。あなたにとって大事な人が、暴力によって急にいなくなってしまったとき、同じことが言えますか?』
まりかが、この前、修一の探偵事務所での聴取でそう言った。
『そうですか。子供はいいですよ。知子と一緒になって、苦しいながらもお互い頑張ってきたと思います。そして、生まれてきたゆかりを抱いた時、私は家族の温もりを感じました』
《家族の温もり……》
今の俺には、理解出来ない話や。
ただ二人は、失ったんやない。「奪われた」んや。暴力によってや。
未来を……。
そして修一が言った「子供を抱いた時に感じた家族の温もり……」が、やけに耳に響いてくる。
《この話が事実なら、山根あかりのことを言うてるんやな》
この後(二)に入った。
ここでは娘・ひかりが生まれた所から始まっている。




