第五章「隠し扉の真実」第二話 奇跡?……そんなもんはまやかしや(五)
(五)
柴田修一への逮捕状の請求は、意識不明の病状から、もはや逃亡のおそれはないと、山際のおっさんが判断して一旦見送る方針となった。
しかし、重要参考人であることに変わりはないので、病院側の了承を得て、所轄の捜査員を二十四時間態勢で数名配置することを、山際のおっさんから聞いた。
「今の容体では、逮捕して引致するのは現実的ではありません。医師の許可を得て、短時間だけ任意で話を聞けるように手配をしています。それと並行して、舞鶴、小浜両署と協力して、修一の車と所持品、泊漁港周辺の証拠を固めていきます」
いつものごとく手帳を見ながら、神楽が俺に報告してきた。
「へぇ~そうなんや。……気を付けてなぁ」
俺は、「チッ」と舌打ちをしていた医者に、「事件解決のために、主役の俺は旅館……いや現場へ戻らんとあかんねん」と、即時退院をお願いしたが、即時「却下」された。
「仕方がありませんよ」
それとついでながら、安田と浜田たちも五十八の知らせを聞いて、家族を連れ立って来とるんやけど、俺の意識が戻ったことは、山際のおっさんから聞いている筈やのに、一向に見舞いに来よらへん。
漫画の探偵なみに、俺はキラッと目を光らせて、その理由を推察した。
(五十八)「あいつ、あれらしいで。遺品触ると寝てしまうらいしいで」
(スキンヘッド)「そういえば、この前も三日ぐらい寝てたな」
(浜田)「マジか! ほなら、起きるまで観光でもしよか。家族も連れてきとるし」
……間違いない。
あいつらとは長い付き合いや。ここに来おへんということは、あいつら俺の見舞いにかこつけて、観光しとるに決まっとる。
「なんちゅう奴等や……」
「でも、こっちに来るまで、浜田さんと安田さんの二人とも深刻な顔で、何も話さなかったって、山際課長が言っておられました……」
その時、ゴンゴンという荒い音がした。あれはノックというより、ガサで突入する時の『おいコラ、はよ開けんかい!』と、扉を叩く音や。
神楽が『どうぞ』という間もなく、扉が開いた。
「おっ、桔平や。生きとるで」
浜田の後ろにおる五十八の声が聞こえて来た。「おお、元気そうで何よりや」と、俺から目をそらしながら、スキンヘッド安田が先頭で入って来た。
《すまんな。生きとって》
素早く突っ込んでしまった。まあともあれ、ようやく、同期三人が見舞いにやってきたっちゅうことや。
……しかも手ぶらで。
「桔平。マジで生きとってよかった。めっちゃ心配したで」
白々しく言ってきたスキンヘッド安田が、泣きそうな顔で俺の肩に抱きついてきた。しかし俺はすでにこいつらが「供養」と称して、旅館で騒いどったということを知っている。
「……観光、楽しかったか?」
「ああ、朋子も喜んどったで」
と、あっさり完落ち(自供)して、脳筋に隠し事はできないことを証明した。
「あ、あれや、もう五時半やんけ」
スキンヘッドが、話をそらした。
「確か晩飯は、六時やと山際さんが言うとったな。舟盛り頼んだとか言うとったで」
浜田が、旅館の飯が六時やと、俺に当てつけのように言いよった。
「そやな。あまり遅くなると国松さんの機嫌が悪ぅなってもあれやし、帰ろか」
五十八。俺はお前に聞きたい。なんでお前も当たり前のように旅館に泊まっとんねん。お前の家、すぐそこやんけ。
《おまえら一体、何しに来てん》
どうせこいつらは、俺が生きてること「だけ」を確認しに来よったに違いない。頭の中であいつらを崖……いや待て。それだけでは物語としておもろくない。なので車にひかれて死ぬストーリーを、俺は組み立てていた。
「あと私、今夜は一度、ご実家へ報告に戻ります」
と、俺の身体を拭いてくれていた神楽は言った。
スキンヘッドの嫁、朋子ちゃんが神楽を俺の実家まで送ってくれるというので、彼女は『崖から突き落とすリスト』から除外してあげた。
「桔平ちゃんが倒れたとき、すぐにお姉様に電話でお伝えしたのですが、明菜さんが言うには、初婆様が『これは修練じゃて、そないに心配せんでええ』と言われていたそうです」
《初婆の言う、修練て何や?》
そんなもん習いに言った記憶がないんやけど……。
「初婆様が、今回、桔平は一回ぐらい死ぬかもしれんのお。とも仰っていたと、お姉様が笑って話されていました」
フッ。大事な孫や弟が、一回死ぬかもしれへんのに笑って喋れるっていう神経……いや。それは想定の範囲内やった。特におかんなどは、ここまで来る「電車賃がもったいない」からという気持ちなんは、お見通しや。
「オカンは何か言うとったか?」
「……」
珍しく神楽が詰まった。
「どないしてん? 姉ちゃんは訊かんでも想像できる。そやけど子供が死にそうやて、聞いたら、さすがに……」
「いえ……。窓を拭きながら『保険入っといて正解どすなぁ』……と」
おお、すでにその領域にまで進化しとるやんけ。
《しかし、どこの保険会社や。すぐに受取人を俺にせんとあかんやんけ》
フッ。婆……お前の思い通りにはさせへんで。
「……まあ、ここまでは想定内や。親父は? さすがに慌てとったんちゃうか?」
「……いえ。縁側でお茶を呑んでらしたと、お姉様が言ってました」
《親父ぃぃぃぃっ! ここやろ、ここで男見せなあかん場面やぁ!》
俺は涙を堪えて、天を仰いだ。
俺が、危篤状態やったというのに、見舞いすらこおへんて薄情な奴らや……ということは、大分前から知っていた。
そやな。こいつら五十回は……いや、ストーリーに関係なく、何回も崖から落としたるからなと、メラメラと創作意欲が湧いてきた。




