第五章「隠し扉の真実」第二話 奇跡?……そんなもんはまやかしや(一)
(一)
「東尋坊が見たいです」
不意に神楽が、とんでもないことを言ってきた。まあ、俺も仕事でここに来とるけど、半分は「温泉と料理」やし、そこは突っ込まんようにしとくわ。ただ……場所があかん。
「橋を渡って行く大湊神社も行ってみたいです」
《フッ。何をたわけたことを……この女は平気で口にしとるんや?》
俺は神楽の神経を疑った。雄島は言わずと知れた『最恐心霊スポット』やないけ。
……俺の心臓が緊急警報を発令した。
「あんな神楽」
「はい。なんですか」
「ええか、生きてる人間より、死んでる人間の方が多いんや」
俺は、手が震えるのを隠して、理論的に神楽を説得しようとした。
「はい。当たり前じゃないですか?」
「そやからや。そんなとこに観光気分でいったら、幽霊さ……神さんに失礼やないか」
あかん。論点がずれてしもた。
「ええな、それ。俺も一回行きたかってん」
五十八ぃ……お前は黙れぇ。
「や……やめとき。あそこは怖いとこやから」
それに、ここから遠いことも理由にして、俺はドキドキしながら説得をした。別にあの場所で、噂されてるもんが怖いんやないで。仕事で来とんのに観光なんていう浮ついた気持ちがあかんねんという、至極真っ当な意見や。
プッと、五十八が吹き出す。
「お前、相変わらずオカルト嫌いやな」
「そやない。幽霊があかんねん」
俺は正直に言った。
「じゃあ」
神楽がスマホをポチポチやって「海の景色が見たいので、久須夜ヶ岳展望台に行きたいです」と、スマホを俺に見せてきた。
《お前、それはないやろ。どこのサスペンスで、展望台で『やめるんだぁ』やんねん。お前、見たことあるか?》
そんなもん、『やめるんだぁ!』言う前に、「あのぉお客さん、きちんと駐車スペースに止めてや」て、四課が担当しそうなおっさんが文句言うてくるやんけ。
「ああ、それやったら、そこの突き当たりを左やで」
またも五十八が、いらんことを言った。
「五十八ぃ。お前、舞鶴へ帰らなあかんやろ」
《俺は温泉でゆっくりしたいねん。建前に気づきや》
俺は、お前はお前の警察官としての仕事があるやろという意味をこめて、言うたつもりやった。
「いや、俺は専従やしな」
五十八はあっさりと返してくる。
《専従やから何やねん》
「うち(舞鶴署)の課長も、『ええか、一緒に付いて回って、ホシをあげて本部に舞鶴の意地を見せたれ』て言うとった。わし期待されとんねん」
五十八が豪快に笑った。
《……ああ、そうなんや》
「ああ、そや。それと『たまにはゆっくりせえよ。一週間ぐらい本部の連中に連中に、付いてくれてもええんやでぇ』とも言うとったわ。ガハハッ」
《お前……それはちゃうで。言葉の裏を読まなあかんで》
相手の言葉通りに捉える脳筋ぶりに、俺は同期として心配になった。
「それに、開門は七時って書いてあるし、まだ早いんとちゃうか」
「おお、それやったら、今七分や。この車の時計遅いんとちゃうか?」
何度も言う……頼むから、お前は黙っててくれ。
そんな俺の心を誰もくみ取ってはくれなかった。
――脳筋やしな。
山間を進み続けると、道は上りと下りで分かれる一方通行になり、展望台まで車で行けそうやったので、頂上まで登っていき車を停めた。まだ開門して間もない時間やったんで、誰もいないかと思っていたら、一台だけ、停まっていた。
「桔平ちゃん、この車は……」
同乗している五十八が俺の同期で、気心の知れた友達やと知っているからか、神楽はいつものように俺を「桔平ちゃん」と呼んだ。
「何や」
そんなもん展望台やから、一台くらい停まっとるやろうという無粋なことは、俺は言わない。
「ええ車やな」
何を食うたらこんな高級車乗れんねん、という皮肉を込めて言うた。
神楽がいつものようにスマホでポチポチ操作をして、ナンバーを照会した。
「柴田修一の車です」
《いやいやいや。お前、そんな都合のええ話、ないやろ》
と俺は心の中で呟いた。しかし、神楽が異様に緊張した面持ちを見て、俺は刑事の顔に、シフトチェンジした。
《おいおい――。展望台でサスペンスきたぁ。……崖はないけど》
偶然訪れた「サスペンスな展開」に、当然、俺の心が躍った。
柴田修一は、誰もいない展望台に、一人で立っていた。強い風が冷たく感じるのはこの場所が山の上だからなのかわからん。その背中は、疲れたというか、寂しそうに見えた。
「柴田さん」
神楽が声をかけると、ゆっくり振り向いて「やあ、刑事さんたちじゃないですか」と、意味ありげな笑みを浮かべた。
「さすがだ、早いですね」とも言うた。
「なぜ……」
神楽が何か言おうとするのを、俺は手で遮った。こいつの質問にはいつも「棘」がある。ここは穏健派の俺が、修一と話すべきやと思った。
「髙井正弘は、一命を取り留めたそうですよ」
道中、山際のおっさんからの報告を、神楽のスピーカー越しに聞いたことを柴田修一にぶつけた。修一はそれには答えてくれなかった。顔色一つ変えずに、また海を見た。
《無視かいぃぃ!》
……俺は、悲しくなった。




