第一章「子供ができたの殺人事件」第一話「桜の下で、死体転がしてどないすんねん」(七)
(七)
俺が嫌々振り向くと、ウェブニュース記者の高梨未央が、馴れ馴れしく近づいてきた。
俺に「ウガンダ」という悪名を広めた張本人や。
艶のある黒髪を左右で束ねた、小柄な女。陽射しを受けた毛先には、わずかに赤い色が浮かんでいる。
大きな赤褐色の瞳に、年齢よりも幼く見える愛嬌のある顔立ち。ベージュのジャケットに白いブラウスという軽快な装いで、片手にはマイク、もう片方には使い込まれた取材手帳を持っていた。
「ねえねえ、朝の事件、少しでいいから教えてくださいよぉ」
未央が、甘えるような声でせがんでくる。
せやけど、俺は騙されへんで。
この笑顔の裏には、人の古傷を嗅ぎつける野良犬並みの嗅覚と、答えるまで逃がさへん猟犬並みの執念が隠れとる。
要するに、見た目の可愛さで判断したらあかん種類の女や。
「なんで、俺がお前に教えなあかんねん。他を当たれ」
俺は冷たく答え、しっしっと犬を追い払うように手を振った。
「ひどっ」
未央は俺を睨んだが、そんなんで怯む俺やない。
「捜査の話なんか、ペラペラしゃべれるわけないやろ」
刑事として、至極当然の言葉や。
神楽の前で、たまにはええとこ見せとかなあかんからな。
「足りんおつむで、ちょっとは考えや」
俺は、人差し指で自分のこめかみを突いた。
「そんなこと言わないでくださいよぉ」
未央はさらに猫なで声を出し、俺を懐柔しようとしてくる。
「いい情報を持ってきてますってぇ。聞きたいでしょ」
意味ありげに笑う。
「何やねん、ええ情報って」
《どうせ、ろくなネタやない。俺は騙されへんで》
実際、捜査一課の連中も、こいつの猫なで声に何人もやられとる。
しかし、俺は警部補や。
そこらの脳筋どもと、一緒にされてたまるかっちゅうんや。
「先週の月曜日、雄琴のソープ「金城」ってお店で、佐藤刑事と国松鑑識課長と三人で社会勉強されてましたよね」
「……」
社会勉強……それは俺が同僚と呑んだあと、たまに足を運ぶ男のオアシスのことや。
未央の情報は、確かにろくなネタやなかった。
《お前……なんで、その事を知ってんねん》
俺の額に一筋の汗が流れた。
背後から異様な圧をかけてくる神楽の顔を、まともに見ることができへん。それと同時に、俺の腹がけたたましく緊急警報を鳴らし始めた。
「お母様から、『桔平の情報をよろしゅうに』と、言われてましてぇ」
《おかん、誰によろしくしとんねん》
超がつくほど潔癖症な母親の顔が脳裏に浮かび、あの柔らかな京言葉まで聞こえてくる。
「地域密着型の情報網を駆使してますぅ」
未央は、きりっと得意げな顔をした。
「知らんがな」
咄嗟に突っ込んでしまったが、声が震えている。
「しかも有力情報ですよぉ。その時、桔平さんのお相手をしたお嬢にも、きっちり話を聞いてますぅ」
「その情報、聞かせてください」
それまでおとなしく話を聞いていた神楽が、未央の背後から口を挟んだ。
「わっ、びっくりしたぁ」
未央は大声を上げ、わざとらしく肩を跳ねさせた。
《いや、ずっとお前の後ろにおったやろ。白々しいねん》
そのとき、窮地に陥った俺を救うかのように、スマホの着信音が鳴った。
『携帯電話が見つかったそうやで。今んところ、七台や』
山際のおっさんからや。
マル害の所持品の中で、まだ見つかっていなかった携帯電話。それらしきものが、川底から発見されたっちゅうことやった。
……しかも、七台も。




