第五章「隠し扉の真実」第一話 サスペンスと言えば崖や(五)
(五)
小宴会の翌日、六月八日。朝六時の空は雲一つない晴天やった。屋上にある露天風呂に、朝日が差し込んできて、清々しい浜風が吹いてくる。
潮の香りを含んだ風は、俺の疲れ切った日常を癒やしてくれているようやった。もうこのまま漁師にでもなりたいくらいや。
浴衣を羽織り、部屋に戻ってきた。ビールでも空けようと冷蔵庫を開けた。
「髙井正弘らしい男が見つかったそうです」
神楽が、俺の至福の時を奪うような発言をした。
「どこや」
至福モードに入っていた俺は、一応、聞く振りをした。
「福井県小浜市泊漁港の使われていない小屋にあった大型冷蔵庫の中で見つかったそうです」
冷蔵庫の中に人間が入っていた……やて?
目の前に自分で開いた冷蔵庫に、俺が一番見たくない光景が、どよよ~んと浮かんできた。その目が俺を見た気がして背筋が冷えた。
……俺は静かに冷蔵庫の扉を閉めた。
それに次いで俺のスマホに五十八から電話が入る。
「おお、聞いたか」
相変わらず声がでかい。こいつの声には警察学校の頃から、時間という概念がなかったのを思い出した。
「わしも今から現場へ行けって、課長に言われてな。お前らも向かうんやろ?」
「現場へ行くって、お前、足ないやろ。タクシーで行くんか」
「何で、そんな面倒くさいことすんねん。お前らに、迎えに来てもらうに決まってるやろ」
五十八はそんなん決まってるやんけと言わんばかりに堂々と言った。
《はあ、何を言うとんねん、お前は……》
「マル害は病院へ搬送されたようですが、意識不明の重体だそうです」
神楽が追加の情報を言った。それが聞こえたかどうかは分からんけど、五十八は「ほな四十分後にホテル前な」と言うので、俺は「四十分?すぐに出たら十分程度でそっち着くで」と返した。
「朝マックや」
《こんな緊急時にも、飯だけは食えるんやな》
と俺は、侮蔑の目をスマホへ向けた。
「十分後に出ます。間に合わないなら置いていきます」
神楽が五十八に聞こえるように言う。
「えーっ。……ソーセージマフィン、車内で食うてもええか?あ、そうそう、お前らの分も買うとくから」
「なるほど、許可します。フィレオフィッシュセット二つでお願いします」
間髪入れずに神楽が返した。
《ん?あの辺、マクドってあったっけ?》
あられもない格好で、俺の前で、大急ぎで着替える神楽を、冷たい目で見ながら俺は思った。
《お前の貞操観念どないなっとんねん》
まあ、それはええとして、仕方無く小浜駅へ五十八を迎えに行くと、ホテルの近くには、案の定マクドはなかったらしく、奴は悲しい目をしていた。
車は国道百六十二号線(食祭海道)を北へ向かい、阿納尻三叉路から県道百七号線(泊小浜停車場線)へ入る。海沿いの地形に沿って走る景色は格別や。神楽も何かを思い出したのか、うっとりとした目で何も言わず海を見ている。
《そう言えば、神楽が鹿児島に住んでいた場所も、海が近かったって言うとったな》
そんな神楽を横目で見ながら、『近いうちに神楽と二人で鹿児島へ旅行に行こな』などという気持ちはさらさらない。活火山の桜島では、サスペンスでは危険すぎるからや。
やはり旅は、ある程度人数がおった方が楽しいからや。日が合えば後ろでいびきを掻いている五十八の家族と、安田の家族。ああ、浜田夫婦もおったな。神楽は言わんでも付いてくることは明白やった。問題は未央や。
人のことを『ウガンダ』なんちゅうあだ名を府警全体に広め、平気で警察車両で迎えに来させる。まあ、本部付きの記者さんやから、そこまでは俺も広い心で許せる。
《あいつ、この前、飯食いに行ったとき、食い放題メニューとは別注文の高いパフェを三個も注文しよった……》
あれから俺の財布が、沸々と怒りがこみ上げて泣いているのが俺にも伝わっている。
《一度、あいつの親の顔が見てみたいわ》
そういうことを考えているうちに、騒然とした現場へ到着した。




