第五章「隠し扉の真実」第一話 サスペンスと言えば崖や(四)
(四)
舞鶴署を出て、国道二十七号線を福井県へ向け東に進むと、若狭高浜の鐘寄海岸の傍を通る。それまで山の間を抜けるように走ってきた。
「綺麗ですね」
鹿児島出身の神楽やから、久しぶりに海を見て感動したんやろ。それはそれでええこっちゃ。
小浜に入って、まずは予約した旅館でチェックインをした。
「あのう、二部屋のはずやないですか」
「いえ、お二人様で一部屋のご予約です」
愛想よく答えてはいるが、その言葉にはとげを感じる。確か俺は最初一人で一部屋を予約した。ここはええ。そして俺は神楽に「電車で本部に帰りや」と言うた筈や。ほんでいつものように神楽が付いてくるとなってからの記憶がない。
《何でや》
予約済みやったんで、一部屋追加でと変更した筈やったが……。ミステリーや。
「一部屋で大丈夫です」
「あほ、世間体ちゅうもんがあるやろ」
と俺は、結婚前の男女が同じ部屋で寝泊まりするちゅうことは、コンプライアンスに引っかかるやろうと、もっともらしいことを言った。
《せっかくええ旅館で潮の香りと温泉を堪能しよう思てんのに、お前がおったら楽しめへんやないけ》
「大丈夫です」
神楽は、下腹あたりに手をやってもう一度言った。
ズキューンと俺の腹に響いた。ものすごい説得力や。何も言わずとも、腹に手ぇを当てるだけで「もう私たちは、家族ですぅ」と、言うてるようなもんやった。
ため息をつきながら、仕方なくカードキーを受け取り、部屋へ案内された。カーテンを開けると一面がオーシャンビューで、それだけで神楽は喜んでいた。
仲居さんが、ご朝食でしたら明朝からご用意できますが、ご夕食は明日からになります」という極めて残酷な宣言をしてきた。
「……舟盛りは?」
「明日からになります」
「若狭牛は?」
「明日からです」
《俺の旅情ミステリー、初日から素泊まりやないか》
と俺は、悲しんだ。
「それでお願いします」
神楽が愛想よく言ったので、俺はそれに従った。
少し休憩して、温泉にでも浸かりながら、晩飯のことでも考えようと、備え付けのタオルを取ろうとしたとき、さあ、行きましょう」と神楽が言うので、「どこに?」と訊いた。
「小浜署です。本部から県警のほうへ話が行っていると思うので、その確認と、今後の捜査方針を決めなくてはいけません」
《ああ、そうやったな》と思い、車のキーを「はい」と神楽に渡して、「気ぃつけて行きや」と俺は言った。
*
「乾杯!」
小浜駅近くの居酒屋で、ジョッキの音が響く。小浜署での会議もつつがなく終了した。
《結局、無理矢理引っ張っていかれたんやけどな》
腹が減ったんで、俺は晩飯を食べる場所を検索していた。
その時俺のスマホに、ピコンとメールが入ってきた。山本五十八からや。
『いま、小浜駅や』
どうやら、仕事を早く切り上げて、電車で小浜まで来たらしい。グビグビと一気に呑み干し、追加のビールを注文した五十八。
『気にすんな。こう見えてもわしは気が利く方やからな』
つい二時間くらい前に、こいつが言った言葉である。
「お前、電車大丈夫なんか」
「おお、最終は九時二十八分やから大丈夫や。それにや……」
五十八が、急に真顔になった。ちなみにこいつは呑むとすぐに顔に出る。悪酔いしたんは見たことないが、たったのビール二杯で顔は、真っ赤になっていた。
「何や」
俺も真面目な顔で訊く。
「もうビジホの確保も終えとる。ガハハッ」
はなから帰る気はなかったようや。
「心配せんでも、ハネムーンの邪魔はせえへん。俺はそない無粋な男やないでぇ」
何を思ったのか、突然の紳士アピール。多分二時間前に言っていた『気が利く男や』の伏線回収をしたんやろ。
「ありがとうございます」
神楽がウーロン茶を飲みながら頬を赤くした。
《こら、ありがとうは違うやろ。そこは否定せえや》
確実に既成事実を積み上げられていそうで怖いが、頬を赤らめている神楽の顔が可愛かったので、俺は広い心で許した。
《まあ、誤解されるんは小さい頃からやしな》
俺はジョッキのビールを飲み干した。




