第五章「隠し扉の真実」第一話 サスペンスと言えば崖や(二)
(二)
「初めてですね」
窓の景色を見ながら、神楽が上ずった声で言った。
このとき、車は十条付近まで下っていた。そこから新堀川通に出て、城南宮北から高速に乗り、久御山JCTを抜けて大山崎JCTから京都縦貫道へ入ると、そのまま舞鶴へと走っていた。
「何でやねん、小学校から三回修学旅行あったやろ」
五歳から高校まで、ずっと一緒やったんやで。ちなみに高校の時の沖縄旅行は、神楽のお母ちゃんが亡くなってから、一人で生活をしていかなあかんからと言う理由で、いかへんって言うとったけど、俺が、当時社会人になったばかりの姉ちゃんに話して、金を出して貰うことで、ようやく行くことに了承しよった経緯がある。
そうや。あのとき、俺の小遣いも上乗せしとったんがばれて、姉ちゃんにボコボコにされたな……と言う忌まわしい過去や。
「いえ、二人っきりで、という意味です」
何故か神楽がプーッとふくれた。
「そのプーッは何か知らんけど、結構有名な温泉旅館とれたし楽しみやで」
「あの、仕事ということを忘れていませんか」
「仕事?」
一瞬、俺はこいつが何を言うているのか理解できなかった。
「はい」
「……」
俺はスマホの予約画面を思い出す。
海の見える露天風呂。
若狭牛の会席料理。
地魚の舟盛り。
何の不満があるんや。
「地理を知らん俺達がしゃしゃり出てもしゃあないやろ」
俺は、極めてまっとうなことを神楽に話した。ドラマでもこういう時は、温泉に入って旨いもん食いよんねん。そこで、トリックを見破るヒントが隠されとんねん。わからんやっちゃで。
「でも……」
丁度パーキングでコーヒーを買うために止まっていたので、神楽の口を、指で押さえて俺は言った。
「あれか、俺と仕事、お前はどっちを選ぶんや」
そうや。目一杯、寂しそうな目で歯をキラッとさせて訴えた。
「いえ、それは……」
神楽は顔を赤らめて、何も言えなくなった。
《勝ったぁ》
だてに小さい頃から何回も、言いくるめられてた訳やない。
この日の為に、俺は……。
絶え間ない努力の日々を思い、涙がにじむ。
「仕事です」
がーんっ――。
《何でやねん》
違う、違う。もう一回数秒前の会話を思い出せ。
「悲しいな」
俺は、その場の雰囲気で心にもない、恋愛話をしたことに心が痛んだ。
神楽が俺の左手を握り「でも、嬉しいです」と、うっとりした目で言うてきた。
何が嬉しいんかは分からんけど、初婆の『女のうっとりした目ぇに、騙されたらあきまへんえ。あれは悪魔より恐ろしおすえ』という、言葉を思い出した。
縦貫道を北上して、綾部ジャンクションから「舞鶴若狭道」に入る。この道は、兵庫県から、篠山や京都の福知山を経由して、福井県の敦賀ジャンクションまで続いている。意外と交通量も少なく走りやすい道路やった。
舞鶴は京都府の北東部、日本海に面した港町や。
ひと口に舞鶴と言うても、東と西では街の顔がまるで違う。
西舞鶴は、細川幽斎ゆかりの田辺城を中心に栄えた、昔ながらの城下町。対して東舞鶴は、明治三十四年に海軍の舞鶴鎮守府が置かれてから、軍港の町として発展してきた。いまでも赤れんがの建物が残り、海沿いへ出れば海上自衛隊の艦艇が見える。
同じ舞鶴市やのに、片方は城下町でもう片方は軍港の町。
《一粒で二度おいしい、みたいな街やな》
ちなみに、舞鶴市内を管轄しているのが京都府警の舞鶴警察署や。
本署は西舞鶴駅からほど近い南田辺にあり、東舞鶴の浜には東庁舎も置かれている。海に囲まれた土地柄もあって、市街地だけやなく、長い海岸線や港、山間部まで抱える、京都市内の署とは少し毛色の違う警察署や。
――ただ、神楽は知らない。
舞鶴署には、俺が警察学校時代からよう知っとる男がおる。
頭より先に身体が動いて、酒を飲んだら正義を語って暑苦しい。
そんな、由緒正しい脳筋刑事が。




