第五章「隠し扉の真実」第一話 サスペンスと言えば崖や(一)
(一)
「髙井正弘はどこに隠れたんでしょうか」
八幡の本部へ向かう車内で神楽が訊いてきた。
「何がや」
「だから、髙井正弘のことを訊いています」
聞いてなかったのかと呆れた顔で、神楽がもう一度訊いてきた。
「どっかの崖におるんちゃうか」
「崖?」
「だいたい、サスペンスのメインと言えば『崖』や」
真犯人の女が、ナイフを持って、敵の悪い奴を崖に追い込む。そこへ、何故かわからんけど、事件の謎を解いた主人公の刑事が走ってやって来る。
そんなサスペンスドラマを見て俺は思った。
《何で崖やねん。京都府警本部からやったら、丹後までいかな崖はあらへん》と。
そこで、主人公の刑事が、
「やめるんだぁ」
と叫ぶ。
「来ないでぇ。こいつだけは……」
女は涙を流しながら叫んで、悪人の首にナイフを向ける。
「そんなことをしても、死んだ君の母親と姉ちゃんは、喜んだりしないぞぅ」
と女を説得する、主人公の刑事。
主人公の言葉に、女ははっと気がついて、わなわな震えながらナイフを落として、うなだれる。
主人公はニコッと微笑んで、彼女の肩を軽くポンッと叩いて「よく我慢した。偉いぞぅ」と優しく言う。この女が未央だったら「セクハラですぅ」とか言うやろう。
「私、わたし……」
「わかっている」
優しく言いながら、「早く女を逮捕しろぉ」と悪態をついている男を睨んで「馬鹿野郎!」と怒鳴りながら殴りつける。
これが王道や。
いまやと、裁判で問題になるけどな。
「……はい……そうです……はい、お願いします」
いつの間にか、神楽が本部へ電話をしていた。
《はい、俺の話は聞いていません――》
いつもの事ながら俺は、熱弁したことを後悔した。
「何しとんねん。人の話ぐらい……」
「桔平ちゃん」
神楽が、スマホを耳に当てたままこちらを見た。
「ビンゴかもしれません」
「ビンゴ?」
そんなゲーム、いつ始まってん。
「何言うてんねん」
「崖です。崖」
「……崖?」
「現在、柴田修一は福井県の小浜にいます」
『警察が総力を挙げて捜して見つからんのや。もう始末されとるかもな』
人から貰った煙草の煙を吐きながら呟いた、久世のおっさんの言葉が浮かんできた。
不意に俺は、車を路肩に停めてスマホを開いた。
「何をしてるんですか?」
「いや、今からでも予約できる温泉旅館を探してんねん」
「馬鹿ですか」
神楽があきれた表情をした。
「何でや。主役の俺が行かんとサスペンスが成立せえへんやろ」
人間は、誰しも己が主人公……。BY 桔平。
まあ、それはええとしてや。東尋坊……は怖い話が多いし、やめといて。小浜にも確か、蘇洞門という断崖の名所があったな。
《おいおい――。 サスペンスの神さんは、俺のために、意外と律儀に仕事をするやん》
旅の予約をするとき、人は心を踊らせる。
山海の珍味と旨い酒。
そして、疲れ切った心を癒やす温泉――。
折角なので、一番高い宿を予約した。
「なあ、神楽」
「何ですか」
「俺はこれから福井へ行く事になった。お前は、電車で本部へ帰りや」
俺は、キリッとした表情で神楽を見る。
神楽の顔が、一瞬だけ赤くなった。
「……分かりました。桔平ちゃんがそこまでいうなら同行します。少し待っててください。課長に確認します」
神楽は、顔を真っ赤に染めながら山際のおっさんに電話をかけた。可愛い顔して、電車で帰りやと言う部分は、こいつの心には届いてないみたいや。
《いや、人の話はきちんと聞けや。宇賀田家の女共に染まりすぎやろ》
何でこいつは、いつも自分の都合のええ方へ解釈しよるんや?
「もしもし、大月です」
『おお、神楽ちゃん。どないしたんや』
神楽は、通話をスピーカーにしてたので、山際のおっさんの声だけで鼻の下が伸びてると分かる。そこで、小浜行きの話をした神楽に『おお、新婚旅行やな。ええで、気ぃつけて行きや。上にはわしから言うとくさかい』と言う返事が返ってきた。
《ん? おっさん、何の話をしとんねん?》
俺は、山際のおっさんが誤解をしているような気がした。
『ほんで舞鶴署には、わしから話を入れとく。あと福井県警と、小浜署にも協力依頼をかけとくさかい、安心しいや』
という、スマホのスピーカー越しに『おめでとう』やら『ヒューヒュー』といった、俺と神楽を茶化す脳筋連中の歓声が聞こえてきた。
《誰が新婚旅行やねん。縁起悪いこと言うな》
と、俺は心の中でぼやいた。




