第四章『開かれた扉』第二話 煙草ぐらい自分で買おな (十)
(十)
「ええ加減、泣き止んだらどうや」
ジューッという肉の焼ける音と、付けタレの香ばしい匂いが立ちこめるテーブルの向かい側で、何故か肉を見て泣いている未央に俺は優しく言った。
まりかとの話を終えて、本部へ帰る道すがら、「飯でも食うか」という話になった。俺はあくまでも「マクド」ぐらいの気持ちやったが、未央が「焼肉がいい」とだだを捏ねた。
《なんでお前まで着いてきとんねん》
この時、未央はいつもの調子だった。
神楽も未央の意見に賛成したので、仕方無く焼肉を食うことにした。ただし今回は、二人の意見を押しのけて、食い放題の店に入った。
前に三人で「食い放題やない」店に行ったことがある。
そのときのこいつらの食い意地の悪さというか……いや、高い肉しか注文しよらんかった。それ以降、給料までの十日間、俺は毎日、空腹に苛まれた。その屈辱を俺は、身に染みて知っとるからや。
ほんで、注文した品を待っている間、織田祐輔の話になった途端、何に刺さったのか知らんけど、未央が急に泣き出した。
『もし喜ばないとしたら、会わせてください。祐輔やゆかりさんに……声を……聞かせてください』
まりかは無理なことを承知の上で、俺たちにそう言った。
『ええか桔平。よう聞きや……』
不意に俺が十歳の時に亡くなった爺ちゃんの言葉を思い出していた。爺ちゃんは、元京都府警の警部補で、少年課に勤務していたと初婆から聞いた事がある。いまの俺と同じで、かなりのやり手やったらしい。
『人の怒りは三日あれば消える。けど、悲しみは日が経てば経つほど雪のように積もっていくんや。そやからなんぼ喧嘩してもええ。それくらいの元気がないと男やない。けどな、誰かを悲しませるようなことはしたらあかんで』
当時は《何偉そうに語っとんねん》ぐらいにしか思ってなかったけど、この仕事をするようになって「悲しみ」というもんが、どれほど長く続くんか、少しは理解してるつもりや。
「だってぇ……ヒック」
俺が育てた肉を見ながら泣いている未央を眺めながら、こいつの涙腺はどこにあんねんとも思った。まるで俺が泣かせたみたいになっとるやんけ。その証拠に、忙しそうにテーブルの横を通る店員さんが、俺を冷たい視線で見て行った。
「あなたの大事な人……あのとき、返す言葉が浮かびませんでした」
「そうですよ。ウガンダさんは何も思わなかったんですかぁ」
神楽の言葉を受けて、未央が俺を責めてきた。
「人間が亡くなって生まれ変わるとき、すべてを忘れてしまうって何かで読んだことがありますが、もし記憶が残るとしたら、悲しみまで一緒に抱えてしまうんでしょうか」
神楽が、何か意味ありげに俺に訊いてきた。
「お前、自分が何を言うてるかわかるか」
「はい?」
「生きるとか死ぬとか言いながら、肉焼いて食えるか? 牛も豚も生きとってん。牛さんには牛さんの、豚さんには豚さんの事情があるやろ」
「何を言っているんですか」
「え? 何をって……」
その時、俺が大事に育てていた、上ロースが消えていることに気づいて絶望した。もしやと思って、未央を見たら、一瞬、肉を食べて幸せそうな顔をしたと思ったら、いきなり泣き出した。
《おいおい、せっかくの飯がまずくなるやんけ》
と、内心でぼやきながら、網の上に、上ロースと上カルビを優しく置いた。
「ティッシュ」
未央が偉そうに言うので、駅前で貰ったいかがわしい店のティッシュを、渡してやる。
それを受け取ると、思いっきり鼻をかんだ。
「お前、汚いねん。年頃の女の子なんやし、もっと恥じらいちゅうもんを持て」
と、言うてやった。
「セクハラですぅ。課長に……ヒック……言って……もぐもぐ」
泣きながら、俺が育てたカルビをさっと取り上げて、喰いよった。
「あっ……。ええか、俺はお前が肉食って(憎くって)言うてるんやないで」
俺は、場を盛り上げようと、昔どこかで聞いたようなギャグを飛ばしたが「寒ッ」と、二人にあしらわれた。
「でも、人の話で泣けるって、いいことじゃないですか」
神楽が、俺が育てた上ロースをパクりながら未央を慰めた。
《……そこは、そうやな。てか、お前もさりげなく俺の肉取んなや》
しかし、楽しそうに肉を頬張るこいつらを見て、俺はフッと笑った。
《どうせお前ら、この後、別会計のデザート頼むつもりやろ》
という、蔑みの笑いやった。




