第四章『開かれた扉』第二話 煙草ぐらい自分で買おな (八)
(八)
「……あと、一ヶ月で二十五歳だったんです」
「はい」
まりかの言葉に神楽は短く返事をした。
「事故の半年前、祐輔から『彼女が出来た』って、メールが来ました」
「彼女の名前は確認されましたか」
「……山野亜里砂という女です」
もしかしてと思っていた名前が、またも出てきた。
「それは、一ヶ月ほど前の被害者のことですか」
まりかは、少し考えながら「そうです」と、一言だけ話した。ただ、俺は山根あかり=山野亜里砂にどうやって辿り着いたかということに興味を持った。
《確か、合田雄二も、この探偵事務所に山根あかりの居場所を探す依頼をしとったな》
その時に、山根あかりが山野亜里砂という名前で「ロマンス詐欺」をやっていたと知ってもおかしくはないか。
「少しお待ちください」
と言って、席を立ち、戻ってきたまりかの手に、何世代か前のスマホがあった。
「私が説明するよりこれを見てもらった方が早いかと思います」
と言って、スマホを開いて俺達の前に置いた。
「失礼します」
神楽はスマホを手に取ると、慣れた手つきで指を動かした。織田祐輔の待ち受け画像は山根あかりと撮ったと見られるツーショット写真だった。
『では、改めて初めまして』
ここから始まるやりとりは、ごく普通の会話や。
『昨日はありがとう。楽しかった(絵文字)』
山野亜里砂――つまり山根あかりと、実際に会ったんやろうな。日付を見ると、初めての会話から一ヶ月は経っていた。よほど、慎重に動いていたんやろな。
《そらそうか。会ってすぐ体の関係持ったとしても、大金は動かんからな》
『この前会ったとき、言うてなかったんやけど』
『何?私が思ってる事と同じやと嬉しいかな』
『俺と結婚前提で付き合ってください(絵文字)』
ごく普通の会話やった。しかし、結果を知っている側から見れば、その普通が虚しく思えた。
『私でいいの?』
『うん。亜里砂がいい(絵文字)』
しばらく返事はなかったみたいや。
『だめかな』
と、祐輔の方からもう一度聞いている。
『ううん、ふつつかものですが、よろしくお願いします(絵文字)』
『どうしたん?』
祐輔の返事がないことに亜里砂が聞いてきた。
『嬉しすぎて泣いてる(絵文字)』
この二人のやりとりを見て感動したのか、未央が横でグズグズ泣いていた。
気持ちはわかる。未央もやっぱり女の子なんやな……という気持ちは更々持ち合わせてへん。
《お前、なに感情移入しとんねん》
と、苦い顔をして未央を見た。
「ティッシュ」
と、偉そうに言うたので、駅前で貰うた「消費者金融」のやつを渡してやった。
確かに感動のシーンやけどな。
事件当時二十四歳か……。語尾についてる太陽が笑てたり泣いたりしてる絵がチラチラ動いている。それが逆に「詐欺」という事件の重さを物語っている気がした。
ちなみに俺は(泣)とか(笑)を使っている。
山際のおっさんらの世代になると「あんな、あの(笑)ってなんや」になる。そういえば、国松のおっさんは、この動く絵文字をよく使っとったなと思い出した。高校生の娘さんの影響やとは思う。
《そやけど、警察業務の連絡に、動く絵文字はないやろ》
流行について行こうとする、涙ぐましいおっさん達の努力も、結局は若者の嘲笑の対象にしかならんのや(笑)
しかし、二人のメッセージは、ここから風向きが変わってくる。
前日に親に会う話をしておいて、翌日に『親が事故で入院してお金が足りないから手術ができない』や、『借金があって、明日十万円払わないと、いかがわしい店に売られる』など、前にSNSで見た内容と同じ文言が並んでいた。
ネットで見た話と同じ手口で、祐輔からも金をむしり取っていた。会話を見る限り、かなりの金額になる。
ふんっ――。
どうせこの後、熱く抱擁するシーンやろ。
《この女、どういう貞操観念しとんねん》
俺は怒りがこみ上げた。
さっきまで、感動で泣いていた未央が、二人のメッセージのやりとりを見て「許せませんねぇ」と、怒りをあらわにしていた。俺は未央を宥めるように、そっと肩に手を乗せ、優しくこう言うてやった。
「お前、どっちやねん。泣くか怒るか、はっきりせえ」
と、言うた。
「ひどっ」
俺と未央のやりとりを見て、まりかは笑った。
「面白いですね、お二方は」
「いえ、ただの腐れ縁というやつですわ」
と、俺が言うと、未央がぷーっとふくれっ面をした。




