第四章『開かれた扉』第二話 煙草ぐらい自分で買おな (五)
(五)
百合は、旦那を亡くした悲しみなど微塵も見せずに、スマホを手に取り「これは、探偵事務所にも提出したものですが」と、メールのやりとりのスクショを見せてきた。
『私、妊娠した』
百合が俺と神楽に見せてきたスクショは、大迫真司に山根あかりが妊娠した事を報告したところから始まっている。
山根あかりが妊娠していたという事実は、すでに俺らは知っている。
《大迫との子供やったんやな》
『嘘?』
『嘘やないよ。やることやってるんやし当然やん』
いきなり妊娠の話をされたら、男は大抵こういう反応なんやな。……ほんで、『やることやってる』という同じ言葉が返ってくる。
俺も含めて……と苦笑いをしてしまった。
『俺の子供やないやろ』
という大迫の返事に、俺は《それはさすがに言うてへん。ただ、腹の具合が悪ぅなったけど》と心の中で必死に言い訳をしていた。
『あんたの子やで。ここしばらくは、あんたとしかしてへんから』
大迫の返事はない。
『なんで無視するん』
『私、産むから。奥さんと離婚して』
あかりは続けてメールを入れている。
《はいはい。ドロドロな展開、いただきましたぁ》
しかし、そこから大迫の返事がクズやった。
『お前といい、晴子といい、マジお前ら、面倒くせぇ』
『どういう意味なん?』
『そのまんまや』
『晴子とも関係あったん?』
『お前が言える立場か?正弘や康太以外にも、男といっぱいやってるやんけ』
『それは、あんたがやれって言うたしやん』
『知らん』
『酷い』
『お前、どの口が言うてるんや』
ここで、俺は画面から顔を上げた。神楽も何か言いたげな表情を浮かべて俺を見ていた。
「何や」
俺は最大限の優しさを込めて聞いてやる。
「酷い男ですね」
「あほ、奥さんの前やぞ」
神楽がへんなことを言いだしたので《俺は、そんな酷いことは言うてへん》と、めっちゃ焦ってしまった。
「大丈夫です。本当にクズだったので」
百合の本音が漏れた……ような気がした。
その後、メールは二人の痴話喧嘩が延々と続いた。
『結婚してくれへんのやったら、今までのこと、全部ばらしたるわ』
『そんなんしたら、お前も捕まるで』
『ええもん。一緒になられへんのやったらおんなじや』
『落ち着けって。一緒になられへんて言うてへんやろ』
『え?』
『お前、俺に何を望んでんねん』
『奥さんと離婚して、私と一緒になって』
『いきなりは無理やって』
『でもこの前、奥さんが浮気してるって言うてたやん』
『そうや。その手ぇがあったな』
『何?』
『いや、何でもあらへん。けど、それで嫁を追い出せる』
『本当?』
『ほんまや。そうなったら一緒に住めるで』
『嬉しい。頑張って』
『そやから、早まったことだけはするなよ』
『約束してくれる?』
『ああ、うまいこといったら、伏見の家を売ってあかりの家で暮らそう』
山根あかりの家には、あまりにも物がなかった。あのときも誰かと暮らすためにわざと置かなかったという気がしたんやが、大迫を迎えるためやったんやなと思った。
しかし、嫁を追い出すという悪巧みのことは一切気にせず、こいつらは自分がよければそれでいいという考えで、生きてきたんやろうなとも思った。
ここまでのやりとりで、特に気になったのはあかりが言った『結婚してくれへんのやったら、今までのこと、全部ばらしたるわ』や。
この言葉の真意は、あかりと真司はすでに亡くなっているので、知るすべはないんやけど。
俺は改めてメールの日付を見た。
三月二十八日午後九時十一分となっていた。
この会話の後、四月三十日に山根あかりは殺された。
『嬉しい』
この山根あかりの言葉ほど虚しく感じたものはなかった。




