第四章『開かれた扉』第二話 煙草ぐらい自分で買おな (四)
(四)
腐乱事件から三日後の六月八日、大迫の妻・百合が退院したと、捜査会議が始まる前に浜田から連絡が来ていた。
俺と神楽は、会議終了後、すぐに百合が住む伏見区の自宅へ向かった。浜田が事前に根回しをしてくれたお陰で、チャイムを鳴らすと、百合は居間へと案内してくれた。ガレージには、規制線が未だに貼ってあって、三日前の遺体発見の時を思い出させる。
そやけど俺も、あれから、神楽の引っ越し事件や、生理が来ない事件など、何度も腹に打撃を受けていたので、いまは立ち直れていた。
「すみません、ご無理をお願いして」
神楽が、お茶を持ってきてくれた大迫真司の妻・大迫百合へ詫びた。
「いえ、忙しくなるのは明日以降でしょうから」
ガサ入れの時、百合を初めて見た時の『ぎゃーぁぁぁぁぁっ!』とは打って変わって、おしとやかに演じてる感じがした。浜田が言っていたとおり、今日の話し方には、気品を感じた。
「それで、お話というのは?」
「まず、奥様は浮気をされていますか」
「――浮気?私がですか」
神楽の問いに、百合は怪訝そうな表情を浮かべた。
「はい。唐突に申し訳ありませんが、お聞かせ願えますか」
すると、百合が突然笑い出した。
「どうかされましたか?」
突然の笑いに、神楽も面食らった感じやった。
「いえ、すみません」
謝罪してから百合は大きく息を吸い込んで「していません」と、一言だけ言った。
「どういうことですか?」
百合の意外な返事に、俺は戸惑いながら「旦那さんのスマホからあなたと男性とのメールのスクショが残ってたんですが」と言った。
百合は、フッと笑い、スマホを開いて見せた。
「あれはまりかさんと二人で仕組んだ遊びです」
「遊び?」
俺は、百合が何を言おうとしているのか、理解出来なくて思わず聞き返してしまった。
「はい。浮気された方の気持ちを大迫に味わわせたくて」
「まりかさんといえばエム・ピー・エス探偵事務所の方ですか」
手帳に書き込みながら、神楽が慎重に訊く。
「はい、そうです」
『まず、一年前の七月四日に、大迫真司の奥さん・大迫百合さんがこの探偵事務所を訪れてきました。相談内容は旦那の浮気です』
柴田修一が、大迫百合も旦那の浮気調査を探偵事務所へ相談していたと言っていた。
「もう、一年前の夏から、相談しています」
一年前の夏……。
これは、修一の話と一致している。
「そうすると、調査費用が高額になっているのでは」
「いえ、動画に出演することを条件に、半額以下で調査していただいておりました」
《なるほど。そういう仕組みなんやな》
と、少し動画の裏側を見た気になった。
「結果はどうでしたか」
神楽は、百合が修一へ相談していたことを知っているが、あえて知らん振りをして百合に話しかける。
「ああ見えて、気の小さい男です」
「はい」
「普段から尾行を警戒していたようでしたので、なかなか浮気の証拠が掴めなくて苦労していたみたいです」
《そら、詐欺師やからな。いつ警察の手が伸びてくるか、不安やったんやろ》
「それで、私が浮気をしているように見せかけようと、まりかさんが提案してくれたので、面白そうなのでやってみました」
《面白そう……か。動画の撮影のために、そこまでやるんや》
俺は、織田まりかの顔を思い出した。確かに台本があると面白い作品が出来るんか知らんけどや。
《大迫真司は死んどるんやぞ》
夫婦ってそこまで、冷たくなれるんやろかと思うと、背筋が冷えた。
「ただ一人だけ、怪しい人物がいたのですが……」
「どうかされましたか」
百合が不意に言い澱んだので、神楽が訊いた。
「いえ、先月に亡くなられたので……山根あかりという女です」
その名前が、ここで出てくるとは思わなかった。驚いた俺は百合の顔をじっと見ていた。




