第四章『開かれた扉』第二話 煙草ぐらい自分で買おな(三)
(三)
「まず俺がこの前入院した原因の話です」
まず前置きを言った。俺の変な妄想は、本部の人間は、ほぼ噂で知ってるやろ。そやけど、裁判での証拠にはならん。
「川上優子が持っていたバッグの中に、血のついたナイフが入っていました。そのナイフに触れた途端に頭の中に激痛が走ったんです」
「頭にか?」
スキンヘッドが、自分の頭を触りながら聞いた。
《ギャグはええねん。そやからお前は脳筋やねん》
安田への愚痴は置いといて、俺は本題に入った。
「あのとき最後に見た光景には、室田康太を背後から動けなくして、まるで『ここを刺せ』と言わんばかりに、刺す場所を指さしていた男がいました」
一度、言葉を切った。
「俺が最後に見たんは――その男の目です」
「確かに一理ある」という、久世のおっさんの言葉に「大迫と室田に、娘を暴行されてますから、動機は十分です」と、スキンヘッド安田も意見を言った。
「でも、動機があるだけです」
神楽の言葉に、皆頷いた。そして続けて「しかし、柴田修一に的を絞って考えると、あと一人標的が残っています」
と、俺を見て言った。
「髙井正弘やな」
久世のおっさんが再び、人差し指と中指を口元に当てて「煙草くれ」という合図をしたので、俺の煙草を渡し、火をつけてやった。
《こら、おっさん、煙草ぐらい自分で買えや。このご時世、煙草一箱なんぼする思てんねん》
という、心の声は隠した。
「警察が総力を挙げて捜して見つからんのや。もう始末されとるかもな」
フーッと空に向けて、煙を吐いた久世のおっさんが呟いた。
大迫の逮捕状は取りやめたが、髙井の逮捕状はそのまま請求し、身柄確保のため緊急配備をかけて捜索していたが、いまだに所在すら掴めてへん状況やった。
「それともう一人、まりかという女が気になる。名字、分かるか?」
煙草の火を、備え付けの灰皿で消して、久世のおっさんが、神楽に訊いた。
「確か、織田です。織田まりか」
《おっさん、もっと味わって吸えや。ゴラァ》
と、ぼやきかけた俺の思考が「織田」という名字を聞いて停止した。
「織田……織田祐輔」
五年前、淀川で二十四歳の男が、水死体で見つかった件や。一時、捜査会議の俎上に載ったが、事件とは関係が薄いとみて、うやむやになっていた。
「京都府宇治市生まれ。家族は母親と姉がいます」
スキンヘッド安田が鞄の中から資料を取り出して、俺たちに見せた。
《お前、ここにまで鞄もってくんなや》
俺は、安田が几帳面なのかただのアホなのか、理解不能になった。
――母・織田小百合・五十二歳。事故当時四十七歳。
――姉・織田まりか・三十二歳。事故当時二十七歳。
「母親と姉は現在京都府久世郡久御山町林北畑の公団住宅で暮らしています」
スキンヘッド安田が、捜査会議で織田祐輔に触れた発言をした時の、内容を思い出した。
「その件が事故やなく殺人事件やとしたら、柴田修一に協力してもおかしないな」
「はい。事件と仮定してもう一度、捜査を見返してみます」
煙を吐き出しながら、久世のおっさんが言うと、スキンヘッド安田も、俺からパクった煙草の煙を吐き出しながら言った。
「それとや。柴田修一は何で、そのSDカードを持っとったんや?」
俺も、そのことは気になっていた。
柴田修一が、娘さんを殺した犯人を、なんで彼らやと断定できたんか……。
《警察でも分かってへんことや》
「元のSDカードに、柴田修一が断定できた根拠が、あったと考えたらどうですか」
神楽が、何かを思いついたかのように言った。
「合田や」
神楽の話に、俺も敏感に名前が浮かんだ。
「合田? あの堅物がなんや?」
久世のおっさんが、目を輝かせて聞いてきた。
「合田は、あかりから背割堤に呼び出されて、室田たちから暴行を受けたと言っていました。その時神楽が、あかりは何をしていたのかと聞きました。『あかりは動画を撮りながら笑っていた』と彼は言っていました」
俺は、あのときの合田を思い浮かべるように久世のおっさんへ説明をした。
「まさか、あいつらの犯罪記録……か」
久世のおっさんが再び、人差し指と中指を口元に当てて「煙草くれ」という合図をした。
《こら、おっさん。何本、俺から、むしりとんねん》
という声は出さずに俺は、愛想笑いを浮かべながら、煙草を渡し、火をつけてやった。




