第四章「開かれた扉」 第一話 騙す方が悪いに決まってんねん!(八)
(八)
資料に目を通しながら、浜田が言った。
「奥さん綺麗な顔やったで」
普通に聞けば、何でもないこの言葉も、話の冒頭に――しかもこいつのような脳筋が言えば、いやらしく聞こえることを、こいつは理解していない。
《朝に顔見たから、知っとるわ》
と、心の中で突っ込んだ。
しかし、同期と言うもんはええもんや。浜田の顔を見てると、先ほど、俺の心にあった、絶望が消えていく。
「言葉遣いも丁寧で姿勢がこう、ピンとしてて、どこかの金持ちの令嬢感が溢れとった」
俺の印象は、「ぎゃーぁぁぁぁぁっ!」
……やけどな。
ただ、こいつに大事な仕事を任せた上の人間の目を疑った。
「奥さんと話をして、俺は思ったな。ああ、嫁の選択を間違えたんやないかぁって」
去年結婚した浜田の嫁さん、浜田萌(旧姓、吉田)は、全国警察柔道・剣道大会の柔道女子の部で優勝している。
つまり、格が違う。
得てして脳筋は順位にこだわる。
「印象の話はいいので、話を先に進めてください」
神楽は少し機嫌が悪いのか、いつもと違って言葉に棘があった。
「うっ……」
突然、神楽が口元に手を当て、「失礼します」と言って、青白い顔で会議室を飛び出した。
「あれはつわりやな」
浜田が俺の横に来て、自信ありげに言ってきた。
「わし、わかんねん。そういうの。お前も年貢の納め時やな」
「あ……あほか。そんな訳あるかい」
と、心の傷を抉るような浜田の言葉に、俺は動揺した。
「あーっ」
突然の「あーっ」に、若い刑事も驚いた顔になる。
「お前、そう言えば警察学校ん時、女おったな」
ウルフカット浜田が、急に過去の話を持ち出してきた。
「何でやねん!」
という、お決まりの突っ込みを俺はしない。
「浜田」
「何や」
「一つ、訊いてええか」
脳筋と話をするとき、こういう「改まって訊く」感じが、一番効果がある。
「その話は事実やから、ええとしよう。けどな最初の『あーっ』は何や」
「それはや……」
ウルフカット浜田が何か言いかけた時、神楽が青い顔をして入ってきた。
浜田が慌てて席に戻る。
《お前……先生が入って来たみたいな動きをすな》
マジで笑いそうになった。
「どないした。しんどいんか?」
俺は心配してる振りして、訊いてみた。
「いえ、慣れています」
《神楽が青い顔をしてるときって、ゴキブリを見つけたときぐらいやな》
ああ、ほんで合田のゴミ屋敷のとき、部屋に入ろうとはせんかったんやなと、俺は納得した。
《いつもの仕返しに、引っ越してくる小屋に、ゴキブリの玩具ばらまいといたろ》
密かに俺は計画を練り、ほくそ笑んだ。
「大迫真司の奥さんに今から会いたいので、アポを取ってください」
と、神楽が言った。
「神楽ちゃん、気持ちは分かるけど、さすがに病院で二回目の聴取はきついって」
俺は、もちろん浜田の意見に賛成や。
《そやで神楽。相手にも事情っちゅうもんがあんねん》
すると神楽がスマホをポチポチやりだした。
『……俺は思ったな。ああ、嫁の選択を間違えたんやないかぁって』
という、先ほどの浜田の暴言を録音した音声を聞かせた。
「萌ちゃんとは、かなり親しい友達なんです。結婚式にも呼ばれて行きましたが、忘れましたか?」
神楽が、ニコッと笑みを浮かべる。
『言う事聞かへんと、こればらすでぇ』
と、はっきりとは言ってない。
こいつはいつも仕草でものを言う時がある。普段からビビらされている俺でさえかなりの圧や。しかも抜け目がない。神楽に対して素人同然の浜田やと、この圧に耐えることは難しいやろなと思った。
案の定、ウルフカット浜田が神楽に服従を誓ったのは、言うまでもない。




