第四章「開かれた扉」 第一話 騙す方が悪いに決まってんねん!(五)
(五)
六月五日・午前六時ちょうど。
「ええか、気合い入れや」
俺は主任として、キリッとした顔で、大迫の家の前に集まった脳筋連中に言った。
大迫の自宅は、京都市伏見区桃山筑前町の一軒家で、向かい側には、明治天皇と昭憲皇太后の陵がある桃山御陵一帯の木々が広がっており、朝の空気には、静謐な雰囲気が漂っている。
「おう、任せとけや」
と、変に気合いの入ったスキンヘッド安田巡査部長が答えた。
何故か今日は、特に鼻息が荒い。警察学校の同期やから知っているけど、こいつがこういう「俺、頑張るモード」に入ったときは、ろくなことが起きない。
俺は、一抹の不安を感じた。
事前の張り込みで、大迫がここ数日、自宅に戻っていないことは分かっていたので、身柄を押さえるより先に、まずは家宅捜索で証拠を押さえる方針に切り替わっていた。
「よし、行くで」
俺が、インターホンを押そうとしたときやった。
「ガチャッ」と、いきなり玄関が開いて、女性が出てきて、俺と目が合った。
全員固まる。
女性も、玄関前に並んだ脳筋連中の顔を見て、わなわなと震えだして、「ぎゃーっ」
と、大声をあげた。
「ちょっと、警察です。警察」
俺は慌てて警察手帳を見せ、女性を落ち着かせようとしたが、喚くだけで聞こうともしない。
……数分後、けたたましいサイレンの音が聞こえてきた。
近所の誰かが、通報したらしい。
朝っぱらから、目の血走った男どもが家を取り囲んでいたら、誰でも通報するやろ。それは善良な市民としては当然の行動やと思う。ただ問題は、その男どもが、全員、警察官やということやった。
しかも追い打ちをかけるように、パトカーが何台も駆けつけ、機捜の車両まで加わって道を塞いだ。ドカドカと警官が降りて来て、俺たちを取り囲んだ。
《多分、十人以上はおるな……》
……もはや、現場は収拾がつかない状況やった。
《あーあっ。やってしもたぁ。本部に帰ったら、異動願を書かなあかんな》
と、俺は腹をくくった。
もとより、何度も書いてはいるが……。
何事やと出てくる近隣住人に、桜の代紋を見せて、「警察じゃ、ごらぁ」と、恫喝でもすれば、たちまち世間の風当たりが強くなる。
かといって、奥さんが今後もこの家に住むとなると、ことの詳細を話すこともできない。
完全に詰んでいた。
「事情は分かりました。そやけどわしらも通報を受けて来てますねん。何か土産を持ち帰らんと困りまんねん」
機捜の隊員が、真顔でそんなことを言った。
仕方なく、俺は横にいた後輩の佐藤を見て、《こいつこの前、居眠りをしとったな》と、この前のカフェの件を思い出して、こいつを差し出すことに決めた。
「佐藤」
「はい」
「お前、行ってこい」
「え?」
「機捜と一緒に伏見署へいって、本部の意地をみせたれ」
「えーっ」
佐藤が目をパチパチさせて訴えてきた。
「先輩、これ何の罪ですか」
「場を乱した罪や」
数分後、佐藤はパトカーに乗せられていった。
何度も後ろを振り返るあいつの背中に《――すまん、佐藤。お前の事は忘れへんでぇ》
と、俺は彼の幸せを願った。
こうして、身内から一人、所轄へ差し出す形で場は収まった。
警察組織というのは、たまに古代の生贄みたいなことをして、体面を維持してきたんや……と、俺は思う。
「なあウガンダ」
この騒ぎの原因の一つであろう、スキンヘッド安田が、横から俺に声をかけてきた。
「駐車場から何か臭ってこおへんか?」
《何を言うとんねん。その頭をなんとかせぇよ》と思いながら、くんくんと、辺りの臭いを嗅いだ。
《確かに、言われてみれば妙な臭いがする》
排気ガスの名残のような、油っぽい臭い。
それに混じって、微かな《腐臭?》
しかし、駐車場のシャッターの開閉ボタンが入った操作ボックスには鍵がかかっていて、開けることができなかった。仕方がないので、泣いている女性に、「奥さんを呼んできてもらえますか」とお願いをした。
「……私ですが」
「……」
俺は、一瞬言葉に詰まった。
「……あの、ガレージの鍵ってお持ちですか」
女性は震える手で鍵の束を差し出した。
「これが玄関で、こちらがシャッターの鍵です」
「すいません」
俺は愛想笑いで誤魔化し、受け取った鍵を、スキンヘッド安田に渡した。そして鍵を差し込みボックスを開け、自動ボタンを押す。
ガラガラと、ゆっくりシャッターが上がっていく。
その奥から、物理的な圧力を持った悪臭が、解き放たれたみたいに襲ってきた。
「やばい! 下がれ。息を止めろ」
俺は反射的に息を止めて周りに叫んだ。
何人かの捜査員がえずき、口元を押さえて後ろへ下がる。
俺はスキンヘッド安田に手を広げて、「一旦シャッターを閉めろ」と叫んだ。シャッターがもう一度、ゆっくりと下ろされていく。
「下がれ。入るな」
黒い車が一台止まっているが、エンジン音は聞こえてこない。そして後部座席に、人影があった。俯いたまま、微動だにしない。肌の色は、明らかに普通ではなかった。
カタカタカタと降りていくシャッターの動きは、まるで残像だけ残して終わる、映画の幕みたいに見えた。
《……まさか》
《大迫真司……なのか?》




