第三章「不倫凸撃殺人事件」第一話・嘘つきは泥棒の始まりやで(八)
(八)
「突然、お邪魔して申し訳ありません」
部屋へ案内されたときに神楽がまりかに詫びた。
「いえ、構いません」
と、まりかは笑顔で答えてくれた。
部屋で数分待っていると、柴田修一がやってきて、「お待たせして、申し訳ない」
と、頭を下げながら入ってきた。
「それで、今日はどのような用件で?」
「まず、先ほど出てこられた方とのご関係をお教えてください」
神楽が、単刀直入に訊いた。
事務所に到着した時、カフェで高井正弘を見ていた男とすれ違った。
妙に鋭い目つきをした四十代の男で、身長は低い方やと思うが、体格がよかったので印象に残っていた。
「といいますと?」
「私たちは彼を追って、ここにたどり着いた。ということです」
神楽が正直に事の顛末を話し出した。
少し考えて修一は、「ああ、あいつですか」と、わざとらしく言った気がした。
「あれは、別の探偵です。私は弁護士と探偵の仕事を兼ねてます。手が足りない時はお願いしていますし、向こうから頼まれることもあります」
神楽が、修一の目を見ながら、「どのような用件ですか」と訊く。
「撮影の助手とか色々です」
「尾行などは頼まれていますか」
「はい。たまに尾行や素行調査の依頼をしてます。見た目は少々物騒ですが、結構きちんと、依頼を完遂させる男でしてね」
《確かにそんな雰囲気やったな》
俺は先ほどすれ違った男の姿を思い出した。
「今日は彼に、どのようなご依頼をされましたか? 誰かを見張ってくれとか……」
神楽が言葉に含みを持たせて柴田の顔色を見ている。
しかし、修一は顔色一つ変えずに惚けた。
「いえ、何も頼んでいませんよ。先ほど、うちにあいつが来たのは、『仕事くれ』という、挨拶程度のものでしたよ」
さすが、敏腕弁護士といわれるだけはある。一筋縄ではいかんことは理解していた。
そやけど、還暦を超えてなお、この例えようのない威厳のような落ち着きは、相当の場数を積んだ男の落ち着きや。
俺は、正直、舌を巻いた。
目は口ほどに物を言うっちゅう諺があんねん。自分のために嘘をつく人間は、だいたい目が泳ぐ傾向にある。俺の経験則やけどな。けど、嘘で何かを守ろうとする人間は違う。
目が、動かへん。
修一の目は、まさにそれやった。彼が、何を守ろうとしているのか、今の段階では読めん。
「高井正弘を追っていたということはありますか」
「高井?誰ですか」
表情で何かを探るのは、無理やなと、俺は思った。
「では大迫真司さんはどうですか?」
「大迫……ああ、確かにご夫婦共々、うちを利用しておられます」
――えっ。
と、質問をしたこちらが驚いてしまった。
「差し支えなければ教えてください」
神楽が正直にお願いした。
「少々お待ちください」
といって、席を立つ。
数分後、分厚い資料を手にして、修一が戻ってきた。
「順を追って説明します」
と言って、資料を見せながら話す。
「まず、一年前の七月四日に、大迫真司の奥さん・大迫百合さんがこの探偵事務所を訪れてきました。相談内容は旦那の浮気です」
「はい」
「私はその依頼を請け、数名の同業に頼んで、大迫真司の身辺調査に入りましたが、目立った動きは見られなかったんです」
「調査を依頼した探偵さんはわかりますか?」
「はい、えーっと。ああ、これこれ」
修一は資料を俺たちの前に置いた。神楽は、それをメモに取って「ありがとうございます」と言ってお礼を言った。
修一曰く、背後を非常に警戒していたらしい。ただそうなると調査費用もかさむ。実際の浮気調査を題材にすることで料金負担を軽くするため、彼女に動画出演を打診して了承を得たそうや。
その調査は今も継続していて、二週間に一回は連絡を取っているとのことやった。
「三ヶ月前に百合さんの旦那の大迫真司も同じ理由で事務所にやってきました。正直、百合さんが浮気しているようには見えなかったが、こちらも「商売」なので請けました」
「そのとき、大迫さんはどんな様子でしたか?」




