第三章「不倫凸撃殺人事件」第一話・嘘つきは泥棒の始まりやで(六)
(六)
翌日の六月二日、午前十一時五十分。
髙井正弘と、待ち合わせ場所である京都駅前の地下街のカフェに、配備完了の無線が届いた。脳筋達三十人の目がギロついている。ただしそれは、高井に対してやない。
その視線は、未央の横に座る「俺」へと向けられていた。
『もう少し離れろ』や『いやらしい顔で未央ちゃんを見るな』と、お前らマジ、面倒くさい奴らやで。
初デートを見守る人数としては、だいぶ多い。そやけど、未央を守るためと考えれば少ないくらいや。
俺的には記者さんに何かあったら、後始末が面倒なだけやし。
「ええ加減、静かにせえ」
と、山際のおっさんが一喝した。
「ねえ、ウガンダさん」
未央が、甘え声で腕を絡めて言い寄ってきた。
「何や。暑苦しいねん」
キリッとした表情で、俺はその誘惑を振り払った。
「ひどっ」
「課長ぅ、ウガンダさんが私を虐めてきますぅ」
未央はプーッと、口をとがらせた。そして隠しマイクを口元へ近づけて、告げ口をした。
《こら、周りにも聞こえとること、忘れんなや》
と、俺は焦った。
案の定、『何やと、許せんな』とか、『未央ちゃんに謝れ』などと、俺に対して、無線越しに罵詈雑言が飛んできた。
『辞表書け、辞表」と、中には言うてる奴もおる。
《やかましい。異動願は出しとるわい》
俺は心の中で、静かに反論した。
佐藤を見ると、何故か胸元に手をやり、何かを取り出そうとしているように見えた。
「おい、ウガンダ。記者さんとは仲良くせえと、いつも言うとるな」
山際のおっさんが、イヤホン越しにひそひそと言った。
「来たようです」
未央が小声で言った。
周りに緊張感が走る。
「あのぉ、どなたですか?」
未央を見つけて近づいてきた高井が、何か疑うような目で訊いてきた。
《そら、そうなるな》
初めてのデートに訳のわからん男が同席って、普通、ありえんわな。
山根あかりと幼馴染みやと聞いてたから、歳は三十代前半。細身やが、痩せているというより、余計な肉をそぎ落としたような体つきやった。黒の細身のジャケットに、白いシャツ。靴も髪も、それなりに整えている。
アプリの写真では、柔らかそうな目をしていた。少し垂れた目元に、優しそうな笑み。いかにも「話を聞いてくれそうな男」に見えた。
「兄ですぅ。うち、騙されやすいんでぇ、彼氏作るとき、兄の承認が必要なんですぅ」
「どうも、兄の桔平です」
俺も、少し格好をつけて言った。
「はあ」
やはり目の前の高井正弘は、戸惑いは隠せていないようや。
《ここは緊張を取り払うようにせなあかん場面や。頼むで、おっさん二人!》
「高井君? でしたか。ごめんなさい。二人で居たかったと思いますが」
俺は彼の緊張を解こうと、優しく声をかけた。
「いえ……あっ、はい。高井正弘です。初めましてお兄さん。そのイヤホンは……」
おお、やはり気にしとるようや。
「え? ごめんなさい。耳が遠いもんで」
俺は咄嗟に、嘘をついて誤魔化した。
「あ、そうなんですか。すいません変な事を聞いてしまって」
『こら、警察官が嘘ついたらあかんやろ』
耳元のイヤホン越しに、国松のおっさんの声が聞こえた。
《おいおい、違うやろ。捜査や、おっさんこっちに戻って来てくれぇ!》
俺は、見当違いな事を言っている国松のおっさんに正気に戻れと心の中で叫んだ。
今度は山際のおっさんが、俺に指示を出した。
「ええか。まずは、楽しい話から振っていけ」
「いや。ここは単刀直入に訊いた方がええ」
と、国松のおっさんが茶々を入れる。
「お前はだまっとれ」
『何やと。会話はテンポが大事なんや』
『お前、鑑識やろが』
『鑑識かて、もの言う権利はあるやろ』
どうやら、あっちで揉め出した。
《やめんかい。今、そっちで揉めてどないすんねん》
それが気になって、集中できひん。
当然のことやけど、面談の場が気まずい空気になった。
《おっさん二人が勝手に招いた沈黙を、どうやって俺に取り戻せいうねん》
俺の背中に、冷や汗が流れた。
「ええ、天気ですね」
「えっ。雨が降ってますけど」
《しもたぁ。やってもうた――》
咄嗟に話した内容で墓穴を掘る。
「こら、天気を間違えるってどやねん」
国松のおっさんが言うてきた。
《いや、お前らのせいやろ》
俺は、無線の向こうにいる、おっさん二人にムカついてきた。
「お兄さん」
不意に高井が、俺に訊いてきた。
「何のお仕事をされておられるんですか」
と、訊いてきた高井の目を見て、俺は思った。
《あーっ。完全に疑われてるわ》
「ええか。ここは柔らかく……」
山際が指示を出した。
「公務員やぁ言うとけ」
国松が口を挟む。
「そんなん速攻、警察やとばれるやんけ」
山際が、何度も「しーっ」と言っている。
「嘘は言うたらあかん」
「そらそうやけどや……」
「いい加減にしませんか」
神楽が、とうとう業を煮やして口を挟んだ。緊張していた捜査員達の中には、笑っている奴もいた。
《佐藤は――》
俺は後輩を見た。
……佐藤は、口を開けて寝ていた。
〈お前、そこやでマジで。出世できひんのは〉
「すいません。朝から腹の具合が悪くて」
俺は一先ずトイレに向かい、態勢を立て直すべく個室に入った。




