第三章「不倫凸撃殺人事件」第一話・嘘つきは泥棒の始まりやで(三)
(三)
「合田さん……彼も同じでした」
確かにそうやな。合田も必死で貯めた金を、山根あかりに奪われた。
「それで、彼はどのような依頼内容でしたか」
「金を奪って逃げている奴らの居場所を見つけてほしい、です」
柴田は静かに目を伏せた。
「それで、特定した」
「はい。その通りです。我々にとっては簡単な仕事です」
「ただ、室田康太、山根あかりが殺され、川上優子が自殺した。あなたがそれを伝えた為に、三人の人間が命を落としたという事になりませんか?」
俺は修一の目を見ていた。
「仰りたいことは理解できます。しかし、我々としても依頼されて調査をしています。その情報を知った先のクライアントの行動まで、私たちが介入はできないんです」
「そのことを聞いた、二人はどうでしたか」
「合田さんは分からないですが、川上さんは室田に会いに行ったそうです」
「それで、どうなったんですか」
「うちに来たとき、彼女は膝をひどく怪我をされていて、まりか君が急いで、応急処置をしたのを覚えています」
――そうや。突き飛ばされたんや。あのとき、俺の膝にも痛みが走った。
その時見た光景を、思い出していた。
――優子がすがりついていた男は、室田やったんやな。
「あのときは、彼女を落ち着かせるのに苦労しました」
《そら、そうやな》
騙す奴の気持ちなんてどうでもええねん。わかりたいとも思わへん。
でも騙された方は……金と同時に心まで裏切られるんやから、相当、きついやろな。
《娘を失った時の自分と、優子が重なったり、せえへんかったんやろか》
俺は、静かに話す修一を見ながら、そんなことを考えていた。
大切な娘を無残に殺された父親。
川上優子は愛した男の言葉に騙され、すべてを奪われた女。
合田雄二は結婚を約束した女に騙され、三人の男に暴行を受けた。
どれも、大切なものを他人の身勝手な欲望によって奪われ、人生を引き裂かれている。
修一が合田雄二や川上優子に肩入れしたとしても、なんら不思議ではないと思えた。
「柴田さん。室田康太のことも知っておられると思っての質問ですが、あなたはどうだったんですか?」
不意に神楽が、手帳を閉じて柴田に質問をした。
「質問の趣旨がわかりませんが……はい。そこは弁護士なので名前は彼女から聞いて知ってはいます。ただ、川上優子さんの依頼を終えた段階で、その人物の本性は知りようがないので、何も感じてはいませんでしたよ」
毅然と答える修一に隙は見られない。
「私からも、質問させて貰ってもいいですか?」
「はい。どうぞ」
神楽の返事を聞いて、修一は立ち上がってまりかを呼んで、横に座らせた。
「まりか君、あの話をしても大丈夫かね?」
と、修一がまりかに聞くと、彼女は怯えた表情で頷いた。
俺はその時、捜査会議で、あのスキンヘッド安田が言っていた話を思い出した。確かゆかりさんが亡くなった一年前にも、人が死んでいたということやった。
「織田……祐輔さんの件でしょうか」
俺が口にするより早く、神楽が手帳を開いて話した。
祐輔の名前を聞いたまりかの眉が動いた。
《何でさっきから俺の考えと、こいつの考えが同じねん。めっちゃ気色悪いやんけ》
いや、マジな話……。
「彼女と初めて出会ったのは、二年前……ゆかりの命日、背割堤でした」
修一は、神楽の質問には触れずに、話し出した。
「声をかけてくれたのは、彼女の方からでした。その頃の私は……ゆかりを失って二年たちますが、何もする気が起こらず、飯も喉を通らない状態でした」
それまで冷静に振る舞っていた修一の言葉の端々に熱が入ってきたように俺は感じた。
「妻が亡くなったときは、ゆかりも小さかったので、育てる事に必死で悲しみに向き合う余裕そのものがなかった……刑事さん。人を失った悲しみって、後からドカンと来るんですよ」
修一は目を閉じて、自分を落ち着かせようとしているように見えた。
「失礼しました。やはり、ゆかりを思い出すと駄目だ……胸が締め付けられて、どうしようもなく悲しくなってしまう」
まりかが、修一の背中をさすって慰めているようだった。
「よくわかります」
神楽も、声が震えて、泣きそうになっている。
こいつも、十六歳の時に、母親を事故で亡くしてるから、あのときの悲しみが甦ってきたんやろな。神楽が思いっきり泣いてるとこ、見たんはあれだけやないかな。
そう言えば、あれからやったな。俺が『寝てる間』に、いつの間にか俺の横で寝るようになってたんは。神楽の悲しい気持ちは知ってたから、翌日、姉ちゃんの布団を母屋からパクってきて、寝る前に敷いといたような……記憶がある。
なんで記憶が曖昧なんか……。
それは、俺が布団パクッたんが姉ちゃんにばれたこと。それと、俺が神楽の悲しみにつけ込んで卑猥な行動に走ったという、変な方向に勘ぐって、俺をボコボコにしたせいで、記憶が途切れとんねん。
ちなみに、女系の宇賀田家で男の俺は、今住んでる小屋を婆から分け与えられて、めっちゃ嬉しかった時や。
「私も、母を十六歳の時に事故で亡くしましたので、そのお気持ちは理解しているつもりです。その悲しみって、後悔なんですよね。あのとき、こう話せばよかったとか、何故、もう少し優しく話が出来なかったのか、とか」
神楽は手帳へ落としていた視線を、そのまま上げなかった。




