第三章「不倫凸撃殺人事件」第一話・嘘つきは泥棒の始まりやで(一)
(一)
「こんばんは。まりかです。いま、依頼者さんと合流しております」
端正な顔立ちの女がカメラに向かって挨拶をした。
「こんばんは」
と俺も、画面を見ながら頭を下げた。
「何、画面に頭を下げてるんですか」
「何でもええやんけ」
風呂上がりのええ香りをさせながら、神楽は向かいの道路を挟んだ自宅から、神社の真っ暗な参道を堂々と歩いて、俺の家(小屋)ヘとやってきた。
しかもピンポンも鳴らさずにや。
「お前、自分の家でゆっくりしたらええやんけ。何しにわざわざ来んねん」
「いいじゃないですか。昔から、この部屋が一番落ち着くんです」
「そうか。ほならゆっくりしいや~」
――となる訳あらへんねん。
「あのな、人のめい……」
「いいじゃないですか。ねっ」
俺が文句を言おうとして、神楽の方を向いたその時や。神楽は最近身につけた『俺を黙らせる技』を、さらに進化させていた。
お腹に手を当てて、「ねっ」と、そこにいるかもしれへん誰かに話かけていた。
そして、さもここにおるのが既得権益かのごとく、俺の横で、モニターを見た。
「今回、奥様が不倫されてると、いうことで間違いありませんか?」
「はい。その通りです」
「探偵さんから奥さんと男がホテルに入ったという報告をうけて、急遽、依頼者さんと、そのホテルの前に来てるんですが、ご心境をお聞かせください」
女が、横に座る被害者男性に寄り添うように訊いてきた。
「これ、私も知ってます」
と、俺の横にいる女は、ぶしつけに話しかけて来た。
「……辛いです」
「詳しい内容をお聞かせください」
「はい。僕と妻は結婚して八年になるんですけど、去年ぐらいから妻の様子がおかしいなと、感じることがいくつかあって」
「おかしいとはどういったことでしょうか」
「はい。前から遊びに出かけることはあったんですけど、最近は特に頻繁になって……朝帰りも度々……」
ここで、被害者の男は涙を流した。
《結婚して八年で浮気されたら、こうなってもしゃあないな》
こう言う裏切りの話は、警察になって嫌というほど見てきたからな。俺は、被害者の気持ちに寄り添った。
すると横で見ていたはずの神楽が、俺に寄りかかってきた。何やねんと神楽を見ると、すやすやとお眠りになられてました。
《……早っ》
動画を一緒に見始めてから、まだ数分も経ってへん。
《フッ。余程疲れてたんやな》
俺は、神楽を一旦横へ寝かせ、ふすま空けて布団を敷いてやる。
そして優しく。「ほな一緒に寝よか……」
――などと、そんな優しいことを、俺が言うわけあらへん。
「こらっ、いつものところに布団あるから、さっさと自分で引いて寝んかい」
「嫌です。逮捕しますよ……」
どこかで聞いた台詞を、寝言で言っていた……気がした。
《こいつ、寝ながら俺を黙らせる技を開発しとんのかぁーっ!》
俺は、その可愛い寝顔を見ながら、心底恐怖を感じた。
*
六月一日午前十時。
俺と神楽はエム・ピー・エス探偵事務所の前に立っていた。
柴田修一の探偵事務所である。
ここに来た理由として、川上優子と、合田雄二。この二人が共に柴田修一の探偵事務所で相談していたことである。
ただ、すでに被疑者の送致は終わっているので、あくまで事情を聴く程度のことやった。
中京区下古城町の近くには、元離宮二条城が荘厳なたたずまいで構えている。南北に伸びる堀川通は観光バスや車など、交通量も多い。
その喧騒から少し入った場所に、修一の探偵事務所はあった。エム・ピー・エス探偵事務所と書いてある看板の下に、小さく申し訳程度に柴田弁護士事務所と書かれてあった。
《弁護士の方が儲かりそうなんやけど》
公務員の俺は、そんな風に考えながら事務所に通された。
「急に押しかけて申し訳ございません」
神楽が修一に詫びた。
目の前にすわっている柴田修一は、四年前、向日町警察署で会った時より白髪が増え、老けた気がしていた。 頬は少しこけ、目元には深い皺が刻まれている。
最愛の娘さんを失ってからの四年間、彼はどういう思いで過ごしてきたんやろう。
あの時、娘の遺体を引き取りに来て、俺達に頭を下げた男が今、探偵事務所の机を挟んで、静かにこちらを見ている。
二階建ての建物の一階を事務所として使っていた。歴史を感じる外観とは裏腹に、中は近代的で、綺麗に整頓されていた。俺と神楽は、受付を通り越して右側の部屋へ案内された。
「どうぞ」
と、事務の女性がお茶を持ってきた。
その顔に見覚えがあった。
「あの、間違ったら謝りますけど、動画のまりかさんですか」
神楽が、その女性に声をかけた。
女性が答えるより先に、柴田が代わって口を開いた。
「へえ、刑事さんも動画を見てくださってるんですか」
動画の話に柴田は薄く笑った。
「もちろんです。動画がアップされたら知らせてくれるように設定してるぐらいで、昨日も見てました」
《嘘つけ! 速攻寝とったないけ》
どうして俺の知っとる女共は、こう嘘をつくというか、ろくに見てもいんくせに話を合わせるんが得意なんやろ。




