第二章「ロマンス詐欺殺人事件」第二話・自首して黙秘はないやろ(七)
(七)
五月十二日、合田雄二の汚部屋を漁ってから、一週間が過ぎた。
合田は相変わらず黙秘をしていた。自首してきて、黙秘かますとは……その非協力的な態度ってどやねん。
「あかん。あないな頑固な奴は、あまり見たことないで。ああいう寡黙な人間が一番手強いんや」
〈落としの久世〉の異名を持つ久世さんも、お手上げの状態やと聞いた。
「神楽ちゃん頼んだで」と、
前から計画していたという沖縄旅行へ、久世さんは娘と一緒に行ってしもたんで、しばらく帰ってこない。
仕方なく、俺と神楽は八幡署の取調室で、被疑者・合田雄二と向かい合っていた。
合田は、四十歳にしては老けて見えた。頬はこけ、髪は薄く、目ぇだけが妙に乾いている。荒んでいるようにも見えるのに、姿勢が変にきっちりしていた。
『洗車を欠かさへん男やった』という未央の話の方が、むしろこの姿には合う。
せやのに、あの腐ったみたいな部屋だけが、どうにも異質やった。
未央から聞いた話と、足の踏み場もない部屋。
それと、いま目の前に座っている男の印象が、どうしても噛み合わへん。
「大月です」
神楽は合田に挨拶をした。
彼もそれにつられて頭を下げた。
「単刀直入に聞きます。山根あかりさんとの関係を話してください」
一呼吸おいて合田は、「すいません。黙秘します」とだけ、答えた。
昔の刑事ドラマみたいに、机を叩いて胸倉掴んで「吐けやコラ」 とは、今どきやらへん。録音も録画も回ってる時代や。怒鳴った時点で、こっちが損をする。
「そうですか」
神楽は書類二視線を落とす。
「こちらで把握していることをお話しします」
《聞かせます。やないんや》
あいつ、問答無用で土俵を作る気や。
俺はそう思いながら、横でパソコンのキーボードに手を置いた。
この事件はたぶん裁判員裁判対象になる可能性が高い。
録音録画もしっかり残るやろうし、正直、俺がここに座っている意味がどこまであるのかは怪しい。
せやけど、神楽はたぶん、俺をただの記録係として置いてるんやないと思った。何でやいうたら、「ただの記録係」やと、俺が可哀想やんけ。
《何を期待してるかは知らんけど》
「まず、山根あかりさん殺害について」
資料に目を落としていた神楽は、合田の目をしっかりと見た。
「被害者の死因は、首を絞められたことによる窒息死となっています」
合田は目を伏せた。
「先ずあなたは、鈍器のようなもので被害者を殴り、茂みの奥へ引きずり込んだ。そして、抵抗されたため首を絞めて失神させた。そして彼女を暴行した」
ゆっくりとした口調ながらも、一つ一つが逃げ場なく積み上げていく。
「その後です」
一拍置いて、神楽は言った。
「あなたは、もう一度首を絞めている」
その瞬間、合田が顔を上げた。
人間は、言葉にせんでも、ほんのわずかな感情を体に出すことがある。合田の顔に浮かんだのも、まさにそれやった。
――え?
黙秘を続けていた男の顔が、その一瞬だけ喋った。
一呼吸おいて、神楽は言った。
「次に、被害者とのメールのやり取りです」
その瞬間、合田の目に緊張が走った。
「これは、あなたの家で我々が見つけた携帯電話を解析したものです」
神楽が見せた書類をチラッとだけ見て、露骨に目をそらした。
《我々やない。「俺が」見つけたんや。お前は玄関で立って文句言うてただけやんけ》
と、心の中でぼやいた。
「五年前の四月十日午前七時三十分から、翌年六月二十二日午後十一時五分まで」
ここで神楽は、一呼吸置いた。聞いている合田の顔には、怯えが見てとれた。
「あなたと山根あかりさんの間で、メッセージのやり取りが続いていたことを確認しています。」
神楽はしばらく合田の顔を見ながら黙る。
「それを見て、私が感じたのは一つです。山根あかりさんとの将来を、本気で考えていたんですね」




