第二章「ロマンス詐欺殺人事件」第二話・自首して黙秘はないやろ(三)
(三)
《くそっ。ちょこっとだけ見て、すぐ帰るつもりやったのに》
鑑識を入れるとなると一課の連中もぞろぞろやって来る。事情の説明やらなんやらで、大事になるやんけ。と、俺は内心、舌打ちした。
「……はい。よろしくお願いします」
俺の胸の内を知らず、神楽は応援を頼んだ。
横で真面目くさった顔で、床を見ている所轄の山田刑事に声をかけた。
「山田君」
「はい」
「これ、君が見つけたんやから、本部への説明は君に任せたで」
「え、私がですか」
《当たり前やんけ。いらんもん見つけて、話をややこしくした責任取れや》
とは言わずに優しく「そや」と、一言だけ山田君に言って、俺はもう一度、寝室へ戻った。
《ほんま何もない部屋やな。ベッドはあるとしても……ん?》
「……枕や」
俺の声に、神楽が振り向く。
「枕もない」
俺はそう言いながら、枕のあった場所に残っていたシーツへ、無意識に手を触れてしまった。
《しもたぁ、やってもうた》
ズンと、頭に電流が走る感じがして、目眩がした。
「宇賀田君」と、神楽が叫んでよろける俺を支えた。
何事かと、ほかの刑事たちもやってくる。
頭が痛くて、朦朧とする意識の中で、何かの影が上に乗っている感覚がした。
そして、薄く開いた眼の向こうに、逃げていく影の背中が見えた。
「大丈夫ですか?」
背後から男の声が聞こえた……。
男の影……。暗いのに眼だけは冷たい光を帯びている。
誰かの手がくっきりと見えた。
そして――息苦しくなった……。
そこで頭の痛みは収まって、「映像」も消えた。
荒い息の俺の背中を神楽はずっと擦ってくれていた。
「何を見たのですか」
「手や」
「手?」
自分の手を見ながら神楽が、「手がどうしたんですか」と、俺に聞いてきた。
「わからん」
数日前、天ヶ瀬ダムで、遺留品のナイフに触れた時のように、意識を失うことはなかったんやけど、一言話すのがやっとやった。
「そうですか。少し休んでください」
神楽が言ったとき、けたたましいサイレンの音がこちらに近づいてきた。
《いくら何もないからと言って、枕までないのは、おかしいんやないか。パソコンといい、枕といい、何か不都合なものを回収していったんやないか》
という疑念を、俺はどうしても拭えなくなった。それと、前に見た「男」……。
同じ人物のような――気がした。
*
「よう、ウガンダやないけぇ」
がっしりした体型で腹の出たおっさんが、俺に声をかけてきた。
京都府警本部・刑事部鑑識課長の国松雄三郎や。俺が前回入院していたとき、酒を「水」と称して差し入れてきたおっさんや。
鑑識の作業服を着ているから、かろうじて警察官に見えている。もし私服で夜道に立っていたら、通報する側ではなく、通報される側の顔や。
《課長が直々に来てどないすんねん》
と言う声は、心にしまった。
「ご苦労様です」
と、俺は恭しくおっさんに挨拶をした。
「どないした。ずいぶんと顔が悪いぞ」
《……何でやねん。顔色や》
俺は、突っ込んだ。
「ほな、頼むで」と、国松のおっさんが声をかけると、鑑識員たちは一斉に動き始めた。
「一人暮らしの女が暮らす部屋にしては寂しい部屋やのぉ」
と、国松のおっさんが部屋の中をぐるりと見回した。
「国松課長、先日は彼のお見舞いに来てくださり、ありがとうございました」
《お前は、嫁か》
神楽が国松のおっさんに挨拶をした。すると、先程までの鬼の顔がほころび、単にスケベ顔のおっさんに成り下がった。
「おお、神楽ちゃんもおったんやな。元気にしとったか」
と、神楽の手を握った。
「勤務中です、課長」
と、神楽は笑顔で軽くあしらった。
《そやぞおっさん、セクハラやぞ。やめんかい》
――などと直接言う勇気は、俺にはない。
ちなみに、『社会勉強』なる遊びを俺たち新人に教えたんも、この男や。




