第二章「ロマンス詐欺殺人事件」第一話・京女の恥じらいは桜のように儚いんもんやな(五)
(五)
「ほんで残ったこいつが髙井正弘なわけやな」
俺が写真の人物を指でさすと、神楽が一瞬だけ、言葉を選ぶみたいに間を置いた。
「はい。勤務先の人間が、顔写真を見て“彼氏っぽい人ならこの人かもしれない”と曖昧に言っています。でも髙井正弘という断定はできません」
俺は写真をもう一度見た。
笑ってる連中の四人の内、ここ一ヶ月の間に、二人が死んで、一人が瀕死の重傷か。
偶然にしては出来すぎてる気がした。
山根あかりにしても、金持ちみたいな雰囲気は、写真からは感じひん。でも現実は、これを撮った一年後に五千万もする家を一括で支払っている。
「昔からの仲間、いう感じか」
「その可能性が高いです。単発の関係ではなく、もっと前から続いている繋がりかもしれません」
「あと、この写真を撮った奴は誰やと言うことや」
と、俺が抱いた疑念を神楽に伝えた。
「山根あかりの死亡推定時刻と通信履歴を照らし合わせると、大迫真司の可能性があるとしか言えません」
神楽がそう言ったところで、会議室の扉が半分だけ開いた。
「失礼しまーす」
ひょこっと顔を出してきたのは、未央やった。
ノックもせず、勝手に入ってくるて、馴れ馴れしいにもほどがある。大体や、こいつが俺の周りをベタベタとひっついてくるせいで、「歩く少子化対策」やら言われて。後ろ指指される原因やと俺はみてんねん。
「ノックぐらいせえよ。何しに来てん」
俺もたまには、言うべきことをはっきり言わんとあかん。警部補としての沽券に関わるからな。キリッとした顔で(←ここは大事やでぇ)未央をじろりと見た。
「ひどっ。す・で・に、他人行儀な間柄じゃぁないじゃないですかぁ」
「待て。すでにを強調すんなや。知らん人が聞いたら、俺とお前の間で何かあったように聞こえるやないかい」
俺は、ギロッと眼を光らせた神楽の圧を感じながら否定をした。
「ままま、そんなことはどうでもよくてぇ、情報提供をしに来たんですよ。ダーリン」
いらんことを……と、俺は歯噛みをした。しかし、未央は何事もないような顔をして、空いている席に座った。
《こいつ、わざと捜査を混乱させるために爆弾投下しにきとるな……》
俺は、いけしゃあしゃあと俺との偽情報を垂れ流す、この女を、暇なときに書いている推理小説の被害者候補に追加した。
「ほ……ほぉ、聞かせて貰おか」
俺は震える声で、聞いてしまった。これは取り調べで、刑事が核心を突いた時、犯人に現れる兆候の一つや。この時点で神楽は、未央と俺が変な関係やと、誤解されたかもしれん。
「二時間五十分」
「はぁ?」
未央はいきなり、訳の分からないことを言い出した。二時間五十分て何やねん。サッカーの試合時間より長いやないけ。
「お前、何の話をしとんねん」
「ウガンダさんが、トイレに籠っていた時間です」
《え……俺、そんなに長いこと便所におったんかぁ》
しかし、あれは人としての尊厳を守るために大切な戦いやったんやと、俺は自分に言い聞かせた。皆に《すまん。ほんま申し訳ない》と、心の中で詫びた。
「どこからの情報や」
「えーっ、情報の出どころは言えませーん」
未央は誤魔化そうとしたが、俺はそんなに甘くないで。捜査情報を漏らすスパイをあぶり出さな、このままやと明日からの俺の尊厳に関わる。
こいつとつるんどる可能性のある、一課の連中の顔を思い返した。
太田……いや、あいつは意外と口が堅い。
……あいつは違う、こいつも違うと、一人ひとり潰していく。
そして、俺の脳裏に一人の男が浮かび上がる。
佐藤……お前や。この中で一番口が軽いのは。
「神楽」
「はい」
「明日一番で、佐藤の取り調べや」
「準備します」
神楽はスマホを手に、すっと立ち上がった。
「ちょっと待ってくださいよぉ」
未央が慌てて止めてきた。
《見たか!京都府警捜査本部を舐めたらあかんでぇ~》
俺は一瞬、未央に勝ち誇った顔を見せた。
「ふ、冗談ですよ。未央さん、情報とは何ですか」
神楽が俺を宥めながら訊いた。
《冗談て何やねん……》
「おばちゃんにマンションの住人を紹介してもらって、聞き込みを行ったんですが、彼女を知らない人が多かったです」
「まあ、そんなもんやろ」
そこは地取りで、俺らも同じ感触やったしな。
「で、私は引っ越し前の住所、実家のあった西ノ京御門町へ行ってきました」
「ちょっと待て。もう、実家まで調べたんか?」
警察でも追いついてへん情報を持ってるって事に、俺は驚いた。
「地元WEBニュースを舐めないでくださいねぇ」
未央は急に胸をはった。まあ、これは大したもんやと、素直に「すんません」と頭を下げた。
「そこでは、山根あかりの事を知っている人で悪く言う人間はいませんでしたが……」
一瞬、未央は言葉を濁らせて、「あかりの交友関係を、良く言う人間もいませんでしたぁ」と言った。
神楽と目が合う。そして、神楽は未央に、さっきまで見ていた資料の一部を見せて、「この名前の中に誰かいますか?」と、指で三人の名前を押さえて訊いた。
「います。大野晴子と、高井正弘ですぅ」
紙の上の名前と、被害者の過去が、ようやく重なった。
「特に、高井正弘のほうは、実家が隣同士で、幼馴染だそうです」
……幼馴染か。
《どこにでもあるんやな、そういう関係は》
と、自分と神楽の関係を重ねた。




