第二章「ロマンス詐欺殺人事件」第一話・京女の恥じらいは桜のように儚いんもんやな(四)
(四)
これ以上、話を聞いたところで、何も変わらんやろと、イヤホンを外した。
女の事件に男あり、いうのは珍しない。今回もやっぱり、男の影はあった。おばちゃんは「あの男」と言いながら、最後には「あの男ら」と言った。
《一人やないという事か》
被害者のまわりには、前から複数人の男が出入りしていたという。近所の人間が男らを、そういう目で見ていたということや。単なる痴話げんかの上で、事件を片づけるには、少し違うんやないか。
俺の中で、何かがざわついた。
こう、何と言うか――。
例えるとや、朝、一気に牛乳飲んで、腹がキュルキュルしかけてるあの、「やばいなぁ」って感じや。
その時、捜査員の一人が早足でこっちへ来た。
「宇賀田警部補、大月警部。科捜研から連絡が入りました」
神楽が振り向く。俺は、その彼の顔を見た瞬間に、嫌な予感がした。
「マル害(被害者)は、妊娠していた可能性が高いそうです」
「妊娠」の言葉を聞いた時、「ぐわぁーん」と、腹が鳴った。
今、俺が最も聞きたくない言葉や。
「詳しく話してください」
神楽の声は、もう完全に仕事のそれやった。
捜査員が未央の存在に気付く。
「大丈夫です。気にしないで」
捜査員は、「はい」と、少し声を落として、「現時点ではあくまで可能性です。先ず、子宮周辺の所見と採取物から、性的暴行の可能性が高いと。加えて妊娠反応も出ています」
「本人が妊娠を、把握していた可能性は」
「そこまではまだ。ただ、受診歴があれば追えます」
神楽は短く頷いた。
「わかりました。科捜研には、判明した段階で正式に文書を回してもらってください」
「はい」
捜査員が離れると、未央が目を細めた。
「何か出たんですかぁ」
「まだ話せません」
神楽がぴしゃりと言う。いつもながら、ほんまに一ミリの隙もない。
「えーっ、ひどいですぅ。私のネタは話したのにぃ」
小さい子供のように未央は、むうっと口を尖らせて神楽に迫る。
《いくつやねん……お前は》
「そこは感謝しています。確定したら、先にお伝えします」
「約束ですよぉ」
未央は猫なで声で言った。
《やめい! 可愛いないねん》
俺は、口には出さずに心の中で、この、したたかな未央に突っ込んでいた。
「はい。約束します」
その横で、俺はまだ腹の底のキュルキュルをどうにも出来ないでいた。
マル害は妊娠していた。
急に、遺体の輪郭が浮かび上がる。
誰かと揉めていた――。
男が複数いた――。
未央の取材からうっすらと浮かぶ女の顔に、まだ生まれてもいない命がひとつぶら下がる。
「宇賀田君」
神楽に呼ばれて、顔を上げた。
「しんどそうですね」
「朝から腹の具合が悪いだけや」
「気を強く持ってくださいね」
《いや、お前やで原因は》
という、心の内は明かさず、「分かっとる」と、俺は余裕があるように見せた。
「父親候補を洗う必要があるな」
「そうですね。ただ……」
神楽は俺を見たまま、静かに続けた。
「妊娠した程度で、女を殺すところまで行くというのが不可解です。裏に、殺したいと思うくらい余程の何かがあるように思えます」
「男には他に家族がおったとか」
「でも殺人を犯せばその家族すら失います。こういう場合、大抵の男は連絡を絶つなど、逃げる方へ傾くと思います」
「……そやな」
そういえば、つい最近、そんな動画見たなぁ。
彼女の妊娠を聞いて、逃げた男を追い詰める――みたいな。
けど、さっきのおばちゃんの声は、そこまで単純やなかった。
「あの男、やのうて、あの男ら、やった」
俺が言うと、神楽は小さく頷いた。
「それともう一つ、性的暴行の痕跡があるという事です」
「そや、そこや。妊娠させた男やったら、わざわざそんな事せえへん」
「私も、マル被の幅が拡がりますが、そちらの方へ注力した方がいいと考えてました」
神楽は淡々と言う。
たぶん、それが正しい。
未央が腕を組んだまま口を挟んだ。
「あの、いいですかぁ?」
「まだ、いたのですか」
神楽は考を止められてイラついているようだ。
「ひどくないですかぁ。私にできることがあればと思って、声をかけたのにぃ」
「それはごめんなさい。なら、お願いしたい事があります」
素直に謝ってから、未央に、「もう少し現場周辺の声や雰囲気などを調べて貰えますか」戸、頼んだ。
「はい。了解ですぅ」と、敬礼をした未央は、「私も、もう少し現場周辺を当たってきますぅ」と言い残して、軽い足取りで廊下へ消える。
その背中を追いながら俺が考えたのは、被害者は妊娠が判って幸せだったのか。
《いや、そうであって欲しいな。たとえ少しの間でもや》
「神楽」
「はい」
「マル害の身元が固まり次第、交友関係をすべて洗うとしよう。古い繋がりごとや」
「ええ」
「産婦人科の受診歴、勤務先、通話、メッセージ、全部や」
「わかりました。パ・パ」
神楽は、舌をペロッと出して、すぐに動き出した。
……俺は便所へと走った。




