第二章「ロマンス詐欺殺人事件」第一話・京女の恥じらいは桜のように儚いんもんやな(三)
(三)
その日のうちに、『背割堤女性絞殺事件特別捜査本部』と、書かれた戒名が、並んで掲げられた。
帳場(捜査本部)が立った後、警察という組織はブラックを通り越した無制限労働を強いられる。前の事件は発生から一ヶ月が過ぎ、マル被の目処もついた。今でこそ勤務状況は比較的緩やかやが、発生から三日、一週間ほどは、睡眠時間なんぞほぼない。
そこへ新たに戒名が立ったんや。男達の目がつり上がるのも、無理はなかった。そんな熱い男達を尻目に見て、俺は、屋上のオアシスへと駆け込んだ。
「あーっ、ウガンダ警部補だぁ」
ほっとしたのも束の間、俺の背後から、もっとも聞きたくない声が聞こえた。
「運よく被害者を知るおばちゃんから、話を聞くことが出来たんですけどぉ」と、前置きをして、「聴きますかぁ」と、未央が勿体ぶって言ってきた。
「ちょっと待て……」
俺は未央を制止しつつ、ここ一ヶ月の自身の行動を振り返っていた。前回、こいつの調査能力で、偉い目に合ってしもたからや。
《大丈夫や。最近、社会勉強には行ってへん》
俺は、ほっと胸をなで下ろす。
「聴かせてください」
と、神楽が言うので、とりあえず、オアシス(喫煙所)のある屋上は仕事場へと変貌した。
「えー、高くつきますよぉ」
《ほな何しにきてん……》
しかし、未央は素直にボイスレコーダーを取り出して、再生ボタンを押した。
俺と神楽は、イヤホンを片方ずつつけて耳を澄ました。
「では、もう少し詳しくお願いします。被害者との関係は?」
未央の声や。
「関係言うても、歳がちゃいますしねぇ。ほほほほっ」
と、おばちゃんは嫌みな笑い方をしている。
「あそこにでっかいマンション見えますやろ。わたし、そこに住んでますねん」
《……おばちゃんが住んでる場所は、どうでもええねん》
と、心の中で突っ込んだ。
「あのマンションですか?」
「そやねん。あそこな分譲やってんけど、ものすごく高いねんでぇ、あんた」
《……そやからどうでもええ、言うとんねん》
俺は怒りで震えた。横で一緒に聞いている神楽も、同じ意見やろ。
「先ほど、お隣同士と伺いました」
「そうそう、そやさかい、顔を合わせた時は、いつでも挨拶してくれて、ええ子やったで。ただ……」
「ただ、何でしょう?」
「よう男と一緒に居るとこ見るんやけど、あの男はあかん」
《男?》
その一言に、俺も神楽も反応した。
「どんな男性ですか」
「どんなって、目つき悪うて、不愛想で、挨拶もろくに出来ひん男や」
「それだけですか」
「夜中にな、何度か大声で揉めてましたわ」
「声は、聞こえましたか」
「あの女がどうたら……やったかなあ。おばちゃん最近、もの覚え悪うなってなぁ」
「あの、これ少ないですけどぉ、受け取ってください」
未央が何かを渡したらしい。
「いややわぁ。なんや催促したみたいで、おばちゃん気ぃ引けるわぁ」
「いえ、気にしないでくださいよぉ」
「そうなん。ほな遠慮無く。あ、そうや」
なるほどな。前後の会話で催促しとったことは分かる。
「何か」
「いつやったか忘れたけど、他の男とも揉めてたなぁ」
俺はそこで神楽と目を合わせた。
《他の男?》
「いつぐらいか覚えてますか」
「随分と前やしなぁ。覚えてへんわぁ」
「そうですか。今回の事件について何か思った事とかありますか」
「多分、あの男らが犯人やで。あの顔は、絶対悪いことやってる顔や。おばちゃん、そない思うわ。ほんまにええ子やったのに可哀そうやね」
顔で犯罪者になるんやったら、山際のおっさんと国松のおっさんなんか、どないなんねん。
「そうですか、ありがとう……」
未央が、取材を終わらそうとした時、「それはそうと、あんた歳いくつなん?」と、関係のない話をしだした。
「うちの知り合いで、ええ歳した子がおんねんけど、どない?」
「ああ、彼氏……いてるんで」
「そんなんやめとき。碌なことないで」
初対面の人間相手に見合い勧めるて……。俺は悲しくなって、溜息をついた。
《ほんま、どないなっとんねん。このおばちゃんと、うちの女どものせいで、京女の値打ちを一気に下げとるがな》と、素直な感想を呟いた。




