第二章「ロマンス詐欺殺人事件」第一話・京女の恥じらいは桜のように儚いんもんやな(二)
(二)
「ご苦労さん」
と、制服に軽く会釈して、俺と神楽は規制線をくぐる。
その瞬間、外と中の空気が変わる。目線の先に、白いシートが、茂みの手前で朝の光を鈍く跳ね返していた。カメラのシャッター音が、妙に乾いて聞こえる。現場写真を撮る鑑識の動きは無駄がない。俺は、この音を聞くたびに、死体いうもんは、見つかった瞬間からもう「人」やのうて「物」になるんやなと思う。
遺体に近づくと、その白さだけがやけに浮いて見える。四月、満開だった桜も散って、周りは緑に覆われるから余計や。
死体の足元には、靴底でえぐったみたいな跡が続いている。茂みの奥へ引きずっていった跡や。その跡を目で追うと、細い枝が何本か折れていた。少し蛇行しながら、力任せに運んだっちゅうより、重みを持て余しながら、隠せるところまで押し込もうとした感じがある。
毎日誰かが横を抜けていく道。そのほんの数メートル脇の茂みに若い女が倒れてるとか、想像するだけでゾッとする。
「ご苦労様です」
規制線の内側にいた所轄の巡査部長が、神楽の姿を見つけて背筋を伸ばした。
神楽は軽く会釈を返して、白いシートの方へ目を向けたまま言う。
「状況を説明してください」
「はい。発見は午前六時十分ごろです。犬の散歩中の近隣住民が、茂みの手前で異変に気づいて通報しました」
「第一発見時、被害者はあの位置ですか」
「そうです。白線の内側、シートの位置で仰向けの状態でした。到着時にはすでに心肺停止。救急隊が明らかな死亡状態と判断しています」
「引きずられていた形跡がありますが」
神楽は、地面を指さした。
「事件性は?」
俺が、遺体に目を背けて言うと、巡査部長は頷いた。
「はい。その可能性が高いかと思われます」
「その根拠は」
と神楽が聞くと、巡査部長は「それは」と前置きをした。
「首に圧迫痕があります。目立った出血はなし。凶器らしきものも見つかっていません」
そのころにようやく本部の刑事たちも集まって来ていた。山際のおっさんも、「なかなか、ゆっくりはさせてもらえんのぉ」とブツブツ言いながら、白い手袋をはめて遺体の傍にやってきた。
「所持品は」
神楽はおっさんに眼で挨拶しながら、矢継ぎ早に確認をしていく。
「バッグが歩道脇に落ちていました。中身は財布、化粧ポーチ、スマホ。物取りには見えません」
《ほお、スマホはあったんや》
俺は、機動隊副隊長、木内のおっさんの暑苦しい顔を思い浮かべた。
「衣服の乱れは」
所轄の声が、ほんの少しだけ低くなった。
「あります。ただ、性的暴行があったかは、まだ何とも」
神楽の眼が、一瞬動いた。
巡査部長は俺より若く見えたが、受け答えは的確だった。
「わかりました」
神楽は短く返して、白いシートの横にしゃがみこんだ。
いつものことやけど、この女は現場へ入った瞬間に余計なもんを全部消す。さっきまで腹に手ぇ当てて、俺の人生を詰めとった人間とは思えん顔になる。
俺は少し離れて、引きずり跡の始まりを見た。
こんな場所で、若い女が首絞められて、茂みの方まで引きずられとる。
俺は茂みの前で立ち止まって、もう一度地面を見た。
御幸橋の下。街灯はないが、一メートルくらいの高さに歩道のような舗装された部分がある。そのすぐ傍から引き摺り痕が始まっている。あくまで推測やけど、そこで首を絞め、そのまま引きずっていったんやないか。
靴跡は荒れてる。せやけど、荒れ方のわりに、落ちとるもんが少ない。バッグは橋の脇に落ちていた。被害者本人の靴は履いたまま。むちゃくちゃ暴れたというより、短い時間に一気に押し切られた跡に見えた。
「宇賀田君」
遺体の側で、多くの刑事と話していた神楽が、声をかけてきた。咄嗟に引き摺り痕の土に触れて、考えている振りをした。
《俺を呼ぶな》
本部の検視官もやってきていて、遺体の検分を始めている。ということはや。察しがつくやないけ。
遺体を見るのが嫌で、わざわざ反対側を見とんねん。俺は……。
「おーい、ウガンダ」
山際のおっさんが、おいで、おいでと、手招きしている。
京都府警本部・捜査一課長、山際万作。何故か俺を可愛がってくれてるくせに、異動願だけは認めてくれへん。
「何ですか」
《俺、遺体の傍は、めっちゃ嫌なんですけど》
というオーラを全身から漂わせながら聞いた。
「これ、何か遺体の近くに、落ちてたみたいやねんけど」
そう言って、山際のおっさんは手袋をはめた手の上にネックレスを乗せて見せた。
「これって、被害者がつけていたんですか」
「わからん」
《わからんて。なんやねん。俺が変なもんを見たところで、証拠にはならへんやんけ》
という、嫌な顔は見せずに、俺はネックレスを受け取った。こういう物の値打ちは知らんけど、手にすると結構重い。
「……結構重いですね」とだけ、答えた。
「そこかぁ……」
と、周りの刑事達が、がっかりした声を上げた。
「まあ、ええ」
ネックレスを返した俺は、顔に愛想笑いをしながら、《こらこら、お前ら。楽をしたらあかんでぇ。俺はそのせいで一週間入院しとんねん》と、恨めしい眼でこいつらを見回した。
「宇賀田君は、穴馬みたいなものですから」と、
神楽が助け舟とも皮肉ともつかん口調で言った。……それはそれで傷付くやろ。
「所轄は首の圧迫痕から殺人の可能性が高いと見ています」
「そらそうやろな」
神楽の話に、山際のおっさんが相槌をうった。




