第一章「子供ができたの殺人事件」第一話「桜の下で、死体転がしてどないすんねん」(二)
(二)
神楽と俺は、神楽が五歳の時、鹿児島から道路を挟んで神社の向かいへ引っ越してきた頃からの腐れ縁や。
そやけど、彼氏と彼女いう関係ではない。十七、八の頃、お互い繁殖期を迎えた二人が、自然とそういう関係になっただけや。
「堅苦しいのは嫌なので、今までどおり幼馴染みの関係がいいです」
と、神楽自身もそう言っていた。
現に、神楽が大学生の頃には、「彼氏ができた」とかいう話も聞いとった。俺にも別の彼女がいたことはある。せやから俺も、〈幼馴染みって、そんなもんなんや〉と気楽に考えていた。
ただ、子どもがどうこういう以前に、いまの俺の生活には「結婚」という文字がない。
俺はこの家で、「女」という生き物の恐ろしさを嫌というほど見てきたからや。
「あんな、神楽」
「はい。何ですか」
俺が真剣な顔を作ると、神楽も箸を置いた。
「お前も知っとるやろ。うちは代々、女が家を継いできた女系一家や」
「はい。存じています」
「婆は八十九歳の今でも、家のすべてを握っとる。迷惑なことに毎朝のラジオ体操も欠かさん。もはや妖怪と言うても過言やない」
「お元気で何よりです」
「オカンは潔癖の権化みたいな人間で、おまけに金の亡者や。いつも肩身狭そうに茶ぁすすっとる親父の背中を、俺は小さい頃から見てきた」
「そうですね」
ここまで話すと、長年ため込んできた鬱憤まで一緒に溢れ出した。
「姉ちゃんはな、昭和を駆け抜けたトップアイドルみたいな名前しとるくせに、オカンの潔癖症をきっちり受け継いだ上、そこへ気性の激しさまで足した都市伝説級の化け物や」
「そうでしょうか。明菜さんは、いつも優しい目で桔平ちゃんを見ていますよ」
愚痴を言うとる最中に否定されたら、余計にヒートアップするんは誰しも同じや。
「あほか。あの目が優しかったら、お不動さんの目も笑っとるわ。小さい頃なんか、よう『北斗神拳やぁ』言うて虐められた……いや、違うな。もはや弟と書いて、サンドバックと呼ぶ、みたいなレベルやで」
「わかりました。男の子を産んでほしいということですね」
《あかん、あかん。自分に都合のええように解釈する癖、直しや》
女が怖いから結婚したくない。そう伝えたつもりが、どうやら一文字も届いてへんらしい。
「大丈夫や。きっと来るで」
俺自身、なんの慰めにもならないことをわかりながらも、同じ言葉を繰り返した。
「そうですね。料理が冷めますので、気にせず食べてください」
《気にするなっちゅう方が無理あるやろ》
「あんな、神楽」
「何ですか」
「こんなに沢山のおかずを作ってくれて申し訳ないんやけど、俺、朝はパン派やねん」
と俺は、昭和のオヤジみたいな台詞を吐いた。
「覚えておきます」
と神楽は一言だけ言って、平然と鮭を口に運んだ。
その時、神楽のスマホが鳴る。「すみません」と言って、「大月です。……はい、……はい」
この神楽の話し方で、この電話は本部からで、何か事件が起きたんやなということが判った。
……けど今日の俺は、非番や。
《俺には関係ない話や》
そう自分に言い聞かせて、卵をご飯にかけてかき込んだ。
「課長からです。八幡市の背割堤で刺殺体が見つかったそうです」
通話を切った神楽が、案の定こっちを見た。
「そうか、気をつけて行きや」
俺を巻き込むなという、オーラ全開で答えた。
「今日、俺はお休みです」
「そうですね。でも山際課長が、どうしてもウガンダを呼んできて欲しいと、仰ってました」
――ウガンダ。
最近、俺に付けられた「あだ名」や。
『宇賀田さんでウガンダ警部補。可愛くないですかぁ』
と、女の記者がつけたんが発端や。
《可愛ないっちゅうねん。警察に可愛さを求めてくんな》
と、あの話声を思い出すだけでムカついてくる。
「断れや」
「無理です」
「さ、朝ごはんを済ませて、向かいましょう」
そう言うと神楽は、茶碗を持って、たくあんをポリポリ食べ出した。
《人が死んでも、ご飯だけはきっちり食べるんやなぁ》
俺は事件と聞いて、箸が止まったのに対し、こいつはむしゃむしゃと食いよってからにと、心の中で呟いていた。
「桔平ちゃん、急いでくださいね」
神楽はさっさと食事を済ませると、箸が止まってしまった俺を無慈悲にも急かしてくる。
山際のおっさん直々の指名やからと、《俺は期待されとるんや》と無理やり自分に言い聞かせ、急いで黒いスーツへ着替えた。
洗面台の鏡をのぞく。跳ねていた黒髪はどうにか直ったが、二十九歳とは思えんほど疲れた顔だけは、どうにもならんかった。
《誰のせいやと思っとんねん》
俺は鏡の中の自分に向かって、誰にも言えない文句を言っていた。




