第一章「子供ができたの殺人事件」第三話「そんな、迷惑な能力なんていらんねん」(四)
(四)
「騙される方が悪い」というが、騙す奴が一番悪いに決まっとんねん。最近、そんな事件を聞く度に、俺は嫌になった。
俺は、室田とのやりとりを一番最初まで遡ってみた。
どうやら最初、優子は室田に関心がなかったようだ。その証拠に、室田のメールがすごかった。一日に何度もメッセージを送っていた。
『ねえ一回会おうよ』
『嘘じゃないって。真剣に付き合ってほしい』
『優子みたいな人、初めてなんだ』
など、しつこいくらい口説いていた。
優子の方も、最初は気のない返事に思えた。
そのうち、室田が『愛してるよ』とうつと、優子も、『本当?』とか『私も』など、温度が変わっていくのが文字越しに見えた。そうして数百万もの金を騙し取られて捨てられたんや。
「川上優子は婚活アプリ・ライフに登録していました」
神楽がスマホを指で操作しながら、「ライフの管理会社は、アウトレイジャスです」と言った。
「大野晴子が勤めていた会社やな」
まさかとは思うが、非道という意味が、不穏に感じた。
「次に、探偵事務所のやりとりで気になった部分を抜粋しました」
スマホを俺に向ける。日付を見ると室田康太刺殺事件の三日前だった。
三月二十八日、午前十一時二十分。
『殺してやりたい』
『警察に話した方がいい』
『嫌です』
『あの男を生かしておけない』
ここで電話で話している。
約二十五分。
その後時間が飛んで、午後三時十分。
『落ち着きましたか』
気持ちが落ちついたか、ということやろう。
『はい。ありがとうございます』
『それはよかった』
そして、翌日の午後七時五十分。
『すいませんお話出来ますか。なんだか落ち着かなくて』
『いいですよ』
ここでも通話に切り替わっている。このときは約四十分も話していた。
「どのように感じましたか」
俺が返したスマホを、神楽がポケットにしまった。
「んー。どうとでもとれるな」
曖昧に返した。通話の内容が気にはなったが、そこは、そこはどうしようもないからや。
「その探偵事務所を調べてみました」
人捜し専門・エム・ピー・エス探偵事務所。
「平成八年に開業しています」
住所は京都市中京区下古城町で、事務所と住居が一緒らしい。
「代表者の名前は、柴田修一です」
「え」
俺は、思わず神楽を見た。
「柴田……修一」
その名前を聞いてしまうと、曖昧だったメッセージのやりとりに、別の意味が加わってしまう。
柴田ゆかりの父親――。
四年前、娘の遺体を引き取りに来て、俺たちに頭を下げた男。
その男が、室田康太を殺したかもしれない女と、事件直前に何度も通話していた。
偶然で済ませるには、あまりにも出来すぎている感じがした。
「柴田の経歴ですが……」
「知ってる」
神楽が言うのを俺は遮った。
柴田修一……。
昭和三十六年五月六日生まれの六十四歳。
神戸市長田区で生まれる。
昭和三十九年、東京オリンピックの後、日本は不況局面に入った。だが原因は五輪終了そのものではなく、五輪景気の反動と過剰投資・金融要因が重なったため、〈昭和四十年不況〉で会社は倒産した。
その後、父親は酒に溺れ、呑んでは暴れて、修一が五歳の時に失踪する。その後は母方に預けられるが、母親も七歳の時に男と失踪した。
昭和五十四年、苦労して京都大学法学部入学。学費は日本育英会の奨学金と授業料免除、生活費は塾講師のアルバイトで賄った。在学三年時、旧司法試験に合格した。
卒業後、司法修習を経て弁護士登録をして、医療事件を扱う事務所でいそ弁となる。
昭和六十一年、二十五歳で独立して、柴田法律事務所を設立した。
「痛いな」
同情する訳やないけど、それが正直な気持ちやった。
「今日にでも任意で、事情を聴きますか」
神楽はスマホの画面をタップした。
「そうやな」
俺は気のない返事をしてから、煙草の煙を吐き出した。
「まあ、一回会うくらい、悪いことやないやろ」
「おい、桔平! ここに居ったんかいな。探したで」
西日を頭で反射させながら、スキンヘッドの安田が声をかけてきた。
「どないしたんや」
「どないしたやあらへん。事件が解決したら、うちで呑もうて言うてたやんけ」
――すっかり忘れていた。
「買い出しも手伝わせなあかん。はよ行くで」
安田は有無を言わせず、俺の腕をつかんだ。
俺が神楽に「お前も行くで」と声をかけるより先に、神楽も当然のようについてくる。
《……まあ、ええけどな。いつものことやし》




