第一章「子供ができたの殺人事件」第三話「そんな、迷惑な能力なんていらんねん」(三)
(三)
「課長のお二人、いい加減にしてください。ここは病室ですよ」
何故か俺の湯飲みだけ取り上げて、神楽が言った。
「なんで俺だけ」
「あなた、三日間も昏睡状態だったんですよ」
今日の神楽は、なんか怒ってるな。
知らんけど――。
「もう大丈夫やて言うとるやん」
俺は精一杯の抵抗を見せた。
「だめです」
「はははぁーっ。もうすでに尻にひかれとるな」
国松のおっさんが笑いながら湯飲みを煽った。
「神楽ちゃんには勝てんよ。一生」
と、山際がグビッと湯飲みを空けた。
《こら、おっさん、ええ加減、酒呑むんをやめんかい。俺も呑みたくなるやんけ》
「ええか、ウガンダ。嫁とのやりとりは始めが肝心やねん」
国松のおっさんが俺の肩に手を回してきた。
――酒くさっ。
人の振り見て、我が振り直せっちゅう諺がある。
俺も飲み過ぎたとき、こんなに臭い息を吐いてたんやな。
酒を控えよう……という、無理な反省はせえへん。
俺は、出来ひん約束はせん主義やねん。
「話を聞かせてください。課長ぅ」
国松と山際が見舞いに来たため、神楽の後ろに控えていた未央が国松にマイクを向けた。
「警察官の嫁になるには、どういう心構えが必要とかぁ、教えてくださいよぉ」
「おお、そうか」
国松のおっさんが咳払いをして、姿勢を正した。
「えー、僕達、警察はぁ――」
……何でやねん。
いきなりの「僕達」というキャラ変に、全員こけた。
*
室田康太刺殺事件から三週間が過ぎた、四月二十二日。
結局、俺は経過観察を含め、一週間も入院させられた。
《事件解決のために捜査を続ける仲間たちに、申し訳ない》
――などと思うことは、一切ない。
どうせなら、あと二か月くらい入院していてもよかった。
事件が起きた四月一日、背割堤の桜はまだ四分咲きやった。それも今ではすっかり散り、堤は新緑へと彩りを変えている。
その間に、いくつかの鑑定結果が出そろった。
まず、現場に残されていたナイフの血痕は、科捜研の鑑定によって室田康太のものと判明した。
さらに、現場に落ちていたイヤリングは、優子が左耳につけていたものと一致。
京都市中京区三条猪熊通南にある優子の自宅も家宅捜索されたが、たいした証拠は見つかっていない。
また、天ヶ瀬ダムの防犯カメラには優子しか映っておらず、第三者が関与した可能性は低いと判断された。
警察は、優子が犯行に深く関与していたと判断し、被疑者死亡のまま書類送検する方針を固めた。また、現場に置かれていた優子の物とみられるバッグの中にあったスマホを、解析した結果、室田から結婚詐欺に遭った可能性が高いことが分かった。
「メールの相手は、室田と優子の友達が三人。それと――」
「何や?」
神楽がスマホを操作しながら俺に報告する。
事件は解決したも同然や。俺は、八幡署の屋上に設置されているオアシス(喫煙所)で、気の抜けた返事をした。
「川上優子が相談していた探偵事務所の男です」
《探偵事務所?》
その言葉に、俺の意識が引っかかった。
「まず、これが室田とのメールのやりとりです」
神楽がスクショ(スクリーンショットの略)を俺に見せた。
『どうして連絡くれないの?』
このメッセージがずらっと並んでいる。室田の返事はない。
《多分ブロックされてるな》
俺は指で神楽のスマホをタップして、過去のやりとりを遡る。
『ありがとう。助かったよ』
と、初めて室田が返事している所が出てきたので、指を止めた。
『明日、二百万振り込まないと会社が潰れてしまう』
『え、二百万』
『でも優子には頼めない。ごめんやけど結婚は出来ない』
『そんな』
『一週間後には大金が入ってくるから返せる目処はあったのにゴメン』
『二百万で足りるの』
『いいよ無理するな。借りた金はその金で精算するから』
『気にしないで婚約者じゃん。私』
《あかん、あかんで》と、俺は、思わずその文字列に向かって呟いた。
『明日、あなたの口座に振り込むから安心して』
『愛してるよ優子。必ず幸せにするから』
『うん。私も愛してる』
しばらくそんなやりとりが続いた。
優子が金を振り込んだと伝えるメールを送ると、室田は一言、「ありがとう」と返している。
それを最後に、音信不通になっていた。
いわゆる、ロマンス詐欺や。
この手の詐欺は、だいたい同じような手口を使う。
事情を知らん人間からすれば、「何で騙されるんや」と思うかもしれへん。
けど、本人は騙されているなんて思ってへん。
好きな相手を守りたい。
その一心で、必死やったんやろう。




