第一章「子供ができたの殺人事件」第三話「そんな、迷惑な能力なんていらんねん」(二)
(二)
俺に抱きついて大泣きしているこの女は、いつも人の意表を突いてくる。
「何で泣いてんねん」
俺は、「離せ」と全身であがいた。けれど、意外と未央の力が強い。
病み上がりの俺は、あっさり負けた。
「死んだかと思ったじゃないですかぁ」
「勝手に殺すな」
「でも、三日も起きなかったんですよぉ」
「それがどないしてん」
俺は、冷たく言った。
「自慢やないけど、小さい頃は一週間も気絶してたこともあるんや」
《……姉ちゃんのせいで》
「そんなぁ」
俺は笑わせようと言うたつもりやったけど、嫌みに聞こえたのか、未央が再び泣き出した。
「泣くなや」
《もう、どないしたらええねん》と、俺は頭を抱えた。
助けを求めて、神楽と姉ちゃんに目ぇを向けると、二人とも目頭を押さえて微笑んでいた。
《待て待て。どないかせえっ言うてんねん》
そのとき、ハッと思い出した。
《あかん……》
九歳のころ、大声で泣いている女の子がいた。どうやら自転車で走っていて、歩道の砂で車輪を滑らせて、転んだみたいだった。膝には痛々しく血が滲んでいた。
『人生万事塞翁が馬』をモットーに生きてきた俺は、当然のように知らん振りをして、通り過ぎようとした。
その直後俺は、なぜか歩道を走ってきたバイクに跳ね飛ばされた。
幸い命に別状はなかったが、しばらくまともに歩けへんかった。
その後しばらくして、俺は、夜中に神社の母屋でどこからか受け取った分厚い札束を握りしめて笑い合っている、二匹の妖怪の姿を見た。
「ほほほっ、桔平は家族思いやのぉ」
お婆が札束をひらひらさせながら、俺を褒めた。
「ほんまどすなぁ。強い子ぉどす」
超潔癖症で銭ゲバのオカンも札束を持った手ぇをかざしながら、相づちを打つ。
「あの守護霊さんが守ってくださっとるでのぉ」
俺は、その晩、とてもおぞましい物を見てしまった。
「幽霊より、うちの婆の方が怖いやんけ」
九歳だった俺の足は、震えが止まらんかった。
そんな俺の恐怖を知らず、妖怪どもは一晩中、気色悪い笑い声を上げて、二人は笑っていた。
しばらくして、神社の母屋が綺麗に改装されたのは言うまでもない。
ほんま、ろくでもない話やで。
そやから俺は、泣いている女には弱い。
優しいからやない。
体が、過去の事故や怪我を身に染みて覚えとるからや。
「分かった、分かった。生きとる。ちゃんと生きとるから、もう泣くな」
俺がそう言うと、未央は余計に泣いた。
女という生き物は、ほんまに難しい生き物やで。
*
「おお、久しいのぉ。具合はどないや」
その日の夜、神楽の報告を受けた、山際のおっさんが見舞いと称して、病室にやってきた。
ただその少し前に、がっしりした体型で、知らん人が見たら、本職そのものという顔をした、国松鑑識課長のおっさんも、解析していた携帯について、報告がてら見舞いに来ている。
国松のおっさんは、その厳つい顔に似あわず、十代の娘さんの影響なのか、今風の髪型――横髪を剃り、少しカールのかかった長めの髪の毛を仕事中は後ろで纏めている。
《その努力は認める……》
若い子らに、必死についていこうという心がけはええんやけど、隠そうとしても隠せない「昭和」の雰囲気が周りを引かせてるということに気がついていないのが痛い。
「国松、お前なんでここにおる?」
山際のおっさんが、ナイスな質問を国松にぶつけた。
「何って、ほれ、見舞いや」
一升瓶の日本酒と、ビールの缶を持ち込んでおきながら見舞いやとのたまう。
多分、令和ではその昭和の雰囲気は受け入れられへん。
「ほお。その手ぇに持っとる湯飲みはなんや」
山際のおっさんの目が光る。
「水や。呑んでみるか」
国松のおっさんの目も負けてへん。
湯飲みの中身を、山際のおっさんがぐいっとあおった。
「確かに水や」
「水やけど、ええ飲みっぷりやな。山際」
「わしを誰や思てんねん。水ごときで当たり前や」
おっさん達の脳筋ぶりにはついていかれへん。
病院の個室で、捜査一課長と鑑識課長という脳筋二人が、日本酒を水と呼び合って呑んでいる。
《京都府警の未来は、たぶん……明るくない》




