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隠し扉の真実  作者: 北島 将


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第一章「子供ができたの殺人事件」第二話「第二話「会社名が『非道』て何やねん」(五)

(五)


「水死体?」


 山際のおっさんの眉が動いた。


「はい。死因は溺死。ただ、遺体が上がった場所から見て、転落したのはもっと上流やろうという見立てになりまして、大阪府警から、うちと八幡署に捜査協力の依頼が来ました」


「それで?」


「司法解剖の結果、血中からかなり高い濃度のアルコールが検出されています。さらに、背割堤の宇治川側で、足を滑らせたような痕跡が見つかりました」


 安田は資料を一枚めくった。


「そのため、当時は酒に酔って誤って川へ転落した事故として処理されています。ただ、場所が場所ですし、うちにも八幡署にも情報は共有されましたが……」


「どないした」


「全身に打撲痕がありました」


――打撲痕?


「当時も事件性は疑われました。実際、かなり慎重に捜査されています」


「何故、立件出来ひんかったんや?」


「打撲痕は、暴行によるものでした。しかし当時、現場を入念に調べましたが、二日間降った雨の影響で水かさが増していて、第三者の関与を示す痕跡を川が洗い流したのか、残っていませんでした。つまり溺死との因果関係を裏付ける、決め手がありませんでした。」


「ご遺体の身元特定は」


 山際のおっさんは眼鏡を外し、ゆっくりレンズを拭いた。


「織田祐輔。当時二十四歳です」


 二十四歳。


 幸せやった田舎の駐在所から、無理矢理一課に引っ張られた歳や。


 あの頃の俺は、まだ人間らしい生活をしていた。


 朝は近所の婆ちゃんに魚や野菜をもらい、昼は駐在所の前を通る小学生に手を振られ、夜は死体ではなく狸と目が合う。


 何より宇賀田家の女達のキーキーうるさい声がしない一日が、こんなにも幸せやったなんて、想像もできひんかった。


 ……そんな、ささやかな幸せを奪った男が、今、目の前で眼鏡を拭いている。


 俺の書いた異動願を握りつぶして黙殺してるであろう、山際のおっさんの顔を見た。


「京都府宇治市生まれ。家族は母親と姉がいます」


 安田が資料を見ながら祐輔の横に名前を書き込んだ。


――母・織田小百合・五十二歳。事故当時四十七歳。

――姉・織田まりか・三十二歳。事故当時二十七歳。


「母親と姉は現在京都府久世郡久御山町林北畑の公団住宅で暮らしています」


「大月警部、どない感じた」


 山際のおっさんが神楽に訊いた。


「一連の事件との繋がりがあるかの判断は置いておくとして、可能性が見られそうな事案は、全て潰していくのが大事かと考えます」


「そやな。向日町班は柴田ゆかり関連の洗い出し、八幡班は室田の周辺を徹底的に洗ってくれ」


「はい」


 刑事達は一斉に返答した。そして、捜査員達が会議室を出て、思い思い動き出した。


「あんな、大月警部とウガンダ警部補は……」


 部屋を出ようとした俺と神楽を、山際のおっさんが止めて、何かを俺に言おうとしたとき、おっさんの携帯が鳴った。


「おお、わしや、山際や……ああ……何やて……ああ、分かったで」


 これ、俺の携帯やったら、ギャンギャン文句言われとったやろな。


「大月警部とウガンダは、すぐに宇治の天ヶ瀬ダムへ行ってくれるか」


 あらぁ……警部補まで省略されてしもた。


「何かあったのですか」


「事件か自殺かまだわからんが、死体が見つかったそうや」


「事件性が分かってからでもええんとちゃいますか」


《なんでもかんでも本部が口だしたらあかんやろ》という平和的な意見を、俺はおっさんにぶつける。


 別に死体を見たくないというわけやない。


「そや。その通りやけどな」


 山際のおっさんが机に手をやって、「わしの警察官としての鼻が、臭うと言うとるんや」


《おっさんそれ、鼻が悪いだけとちゃうか》


 病院に行った方がええでと、俺は心の中で優しく労ってあげた。


「はぁ。ほな神楽いくで」


「はい」


 俺は半ば諦めムードで神楽と会議室をでた。


 琵琶湖から流れ出た川は、厳密に言えば、この天ヶ瀬ダムのあたりを境に名前が変わる。このダムより上流は瀬田川。最近、事件絡みでそれを知った。


 何故なら、その川に沿って走る道を「宇治川ライン」と地図にもそう書いてあるからや。


 宇治川ラインは、一昔前には夜中に多くの連中が走っていた道や。道幅は大して広くはない。川沿いに曲がりくねり、山の影が覆いかぶさってくる。


 夜中にこの道を攻めて(走る)いると、いきなり首なしライダーが横に付いてくる――などという、推理作家が喜びそうな噂話もわんさか残っている。


 俺の家は神社なので、その手の相談は嫌というほどやってくる。


 その都度おおばあが、訳のわからん祈祷をして、金をせびっていた。


 ……と言いたいところやけど、幽霊自体は確かにおる。


 四歳くらいの頃、髪の長い女が毎晩、俺の枕元に立った。


 ……声は聞こえへん。


 けど、口元だけが動いていた。


 そして、その女が枕元に立った翌日、俺は必ずといっていいほど怪我をした。


 ――自転車の乗っていた女の子が、転びそうになったので、それを避けようとして、階段から転げ落ちる。


 ――姉ちゃんの弁当の中へ正露丸を刻んで弁当に入れようとして、間違って包丁で指を切る。


 ――虐められてる女の子を見て見ぬ振りをして通り過ぎようとしたら、悪ガキが投げた石が俺に当たる。


 今にして思えば、だいたい女がらみや……とは思う。


 けど、四歳や五歳の子どもに、そこまで厳しくせんでもええやろ。


 あまりにこうい不幸に見舞われるので、嫌々ながらもお婆に相談した。


 そのときお婆は俺の肩越しを睨みながらブツブツ呟いた。不意に笑顔になると、「あんたの守護霊さんやから心配あらへん」と言った。


「守護霊はんやとご先祖の方やおへんか」


 母親が、手を合わせて喜んだ。


《先祖の女……ろくなもんやないで》


 子ども心に、そう思った。


 いや、正確には、《……これは女共の呪いや》と、正直に思った。


 八歳くらいから、その女は見えなくなったけど、その頃にはもう、俺は女と幽霊が十分、嫌いになっていた。



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