第一章「子供ができたの殺人事件」第二話「第二話「会社名が『非道』て何やねん」(三)
(三)
不意に本部からの着信音が鳴った。
画面を確認した神楽が、俺へ小さく親指を立てる。
「山際課長です」
電話に出た神楽は、二、三度相槌を打ったあと、俺たちを振り返った。
「マル害の身元が判明したそうです」
そのまま通話をスピーカーへ切り替えると、部屋にいた捜査員たちの手が一斉に止まった。
「それで、名前は?」
『室田康太、三十一歳や』
山際のおっさんの声が、静まり返った室内に響く。
『さっき送ってきた集合写真があったやろ。写真の裏に“康太”いう書き込みがあったさかい、大野晴子の交友関係を洗わせたんや』
俺は、テーブルの上に置かれたアルバムへ目を向けた。
『別の班が晴子が勤めとる会社の関係者から、室田康太いう男が浮かんだ。運転免許証の顔写真を照合したところ、マル害と酷似しとる』
「住所は?」
『八幡市内のアパートや。背割堤からも、そう遠くない。管理人にも写真を確認してもろたところ、昨日から姿を見てへんらしい』
俺は、アルバムを開き、もう一度、集合写真を見る。
楽しそうにピースサインを作っている男……。
昨日、背割堤で何者かに刺し殺された男は、写真の中では、自分が死ぬことなど欠片も知らずに笑っていた。
『今、指紋と歯科記録も照合しとる。せやけど、まず間違いないやろ……ただな、そうなると、ややこしいことになっとるんや』
おっさんの含みのある言い方に、俺と神楽は顔を見合わせた。
「ややこしいとは、どういったことですか?」
俺の顔を見ながら、神楽はスマホに話しかける。
「マル害、室田と、四年前の事件が繋がったんや」
その一言で、部屋の空気が変わった。
「……何と……ですか」
四年前と聞いて神楽も察したのか、声が震えていた。
『鑑識から連絡があった。柴田ゆかりさんの体内から検出され、犯人由来とみられていた男性のDNA型と、今回のマル害のDNA型が一致した』
神楽は、何も言わず静かに目を閉じた。
女性としては聞きたくない言葉やったんやろ。
俺は、神楽の肩にぽんと、手を置いた後、窓際まで行きカーテンを開いて外の景色を見た。
ただ一つ、はっきりしたことがある。
室田康太は、四年前の事件と無関係やなかった。
その瞬間から、俺の中で室田は、背割堤で殺された哀れな被害者というだけの人間ではなくなった。
死んだからといって、生前の行いまで消えるわけやない。
俺の中で、被害者の仮面が剥がれて行く。
窓の外を見ながら俺は四年前のあの日、向日町署へご遺体を引き取られに来た、マル害の親父さんの姿が目に浮かんだ。
いや、俺にとっては忘れられない光景やった。
「お世話になりました」
ゆかりさんの親父さんは、静かにその場にいた俺たち刑事に頭を下げた。
泣くでもなく、取り乱す事もなく、ただ静かに毅然と……一言だけ残していった。
俺は急ぎ本部へ戻ることにした。
晴子の部屋から消えたパソコンも気になる。
今は四年前の事件の扉が少し開いたように感じたからや。一刻も早く捜査本部へ戻り、室田とゆかりさんをつなぐものを確かめるべきや。
「神楽、本部へ戻るで」
振り向くと、そこには佐藤刑事しか残っていない。
神楽は俺が言うより先に、もう玄関へ向かっていた。
「先輩……もう、いいですか?」
「……何がや」
「いや、先輩が出てくれないと鍵を閉められません」
「……そら、そうやな」
俺は小さく咳払いをして、何事もなかったような顔で部屋を後にした。




