第一章「子供ができたの殺人事件」第二話「会社名が『非道』て何やねん」(二)
(二)
神楽に言われ、しぶしぶ晴子の部屋へ入った俺は、まず胸を撫で下ろした。
少なくとも、過去のガサで何度か遭遇した、足の踏み場すらないゴミ部屋やない。
きちんと人が暮らしている、ごく普通の部屋やった。
玄関を上がると、十畳ほどのリビングが広がっている。中央にはテーブルが一つ。左手にトイレと風呂があり、六畳の洋間と和室が、それぞれ独立した造りになっていた。
手袋をはめたまま、右手にある冷蔵庫を開ける。
中は缶ビールと酎ハイだけで二段が埋まり、冷凍庫にはアイスが山ほど詰め込まれていた。自炊はあまりしていなかったらしい。
洋間は寝室として使われていた。
部屋の中央にはセミダブルのベッド。壁際には備え付けのクローゼットがあり、その隣に小さな机が置かれている。
和室を覗くと、こたつが一つ。
下に敷かれたマットとこたつ布団は同じ柄で揃えられていたが、妙に地味やった。晴子の部屋全体の雰囲気からも、少し浮いて見える。
俺は和室の押し入れを開け、中を覗き込んだ。
上段には簡易本棚が置かれ、その脇に古いアルバムが数冊積まれている。
今どき、写真なんぞスマホやパソコンに保存する時代や。
珍しいなと思いながら、俺は何気なく一冊を取り出し、ページをめくった。
そこには、まだ幼さの残る高校生くらいの晴子が、友人たちと笑顔で写っていた。
携帯電話で撮った画像を、一枚ずつ印刷して残していたらしい。
《案外、几帳面な性格やったんやな》
意識不明で病院にいる本人の過去を覗き見しているようで、複雑な気分になる。
それでも、これが仕事や。
何枚かページをめくったところで、俺の指が止まった。
居酒屋らしき店内で撮られた集合写真。
中央に女が一人。その右隣に晴子、左隣には男が座っている。さらに、その三人の背後では、男が立ってピースサインを作っていた。
その、立っている男の顔に見覚えがある。
《こいつ……刺殺された男にそっくりや》
「おい、神楽」
警部補の俺が、上司である警部をいつもの調子で呼び捨てにする。
「何でしょう」
「これ、見てみ」
神楽が隣へ来て、アルバムを覗き込んだ。
「楽しそうな写真ですね」
「そこやない。この後ろの左側に立っとる男。マル害に似てへんか」
神楽の表情が変わった。
すぐに警察から支給されているスマホを取り出し、現場で撮影された身元不明男性の顔写真を表示する。
「……確かに似ています」
《遺体の写真なんて、よう持ち歩くな。変態やんけ》
「あれやで……お前、何でもスマホで写真撮る癖、直しや」
俺は神楽へ冷たい視線を送った。
「便利なので、つい……」
神楽が捜査本部へ連絡を入れている間、俺はその場を離れ、改めて部屋全体を見渡した。
さっきから、俺は何かが引っかかっている。
きれいに片づけられたリビング。寝室に置かれた机や和室のテレビとローボード。
どれも不自然なところはない。
いや――。
《そや。パソコンがあらへん》
大野晴子については、ここへ来る前に捜査本部で確認していた。
「確か晴子が、いま勤めとる会社って」
「株式会社アウトレイジャスという、英語表記の会社です」
神楽が、昨日の時点で登記簿謄本を取って、確認もしていた。
本店所在地は京都市伏見区小栗栖の市営団地になっていた。
大野晴子の家からも、そう遠くない。
代表取締役が、大迫真司、三十一歳となっている。
主な業務内容は「婚活サイトの企画運営及び管理」とある
婚活サイトの名前は『ライフ』。
運営している会社名は……
『Outrageous』。
これには、常軌を逸した、けしからん、――非道といった意味がある。
そやけど、会社名が「非道」って、何やねん。
婚活サイトを運営する会社につける名前としては、だいぶ攻めとる。
攻めすぎて、「僕ぅ、絶対悪いことしますよぉ」と、もうこれは、自白しとるようなもんやんけ。
晴子は、その会社で事務や顧客対応を担当していた。
サイト運営会社に勤めている人間の部屋に、パソコンが一台もない。
仕事で使っていたとは限らん。それでも、かなり不自然や。
俺はもう一度、和室のこたつ周辺を念入りに調べた。
テレビが置かれたローボードの奥に、ルーターがあり、そこから延びたLANケーブルの先は、何にも繋がっていなかった。
さらにローボードの天板には、四角い形に埃が抜けた跡が残っている。
その中央には、小さな擦り傷まであった。
《――パソコンはここに置いてあったんや》
大きさから見て、ノートパソコンやと思う。
事件が起きてから、まだ二十四時間も経っていない。
それなのに、この短い間に誰かが晴子の部屋へ入り、周辺機器には手をつけず、パソコン本体だけを持ち去った。
パソコンの中にある何かを、警察に見られたくないという明確な意志があったんや。
持ち去った人間には、それだけの理由があったということや。




