第一章「子供ができたの殺人事件」第二話「会社名が『非道』て何やねん」(一)
第二話「会社名が『非道』て何やねん」
(一)
安田とは警察学校時代、いつも一緒につるんで遊んでいた連中の一人や。
身長は俺より低い。それでも、身体の中へ筋肉を隙間なく詰め込んだような体格をしている。
喧嘩をしたことはないから実際の強さは分からへん。ただ、腕相撲では一度も勝ったことがなかった。
無論、俺は理論派や。腕相撲ごとき負けたくらいで熱くはならない。
ただ、久しぶりに会った安田は、なぜかスキンヘッドやった。
《そういや、こいつも脳筋やったな》
どうせ煙草をやめるだの、酒をやめるだの、守れるはずもない約束をして勝負に負けたんやろう。
俺はそう推測し、髪のことには触れずにおいてやったけど、これからは『スキンヘッド安田』と呼ぶことに決めた。
「お前、確か向日町署やなかったか」
俺は目の前の天王山へ視線を戻しながら尋ねた。
「そや。けど、背割堤で刺殺と傷害事件が起きたって聞いてな」
「そうや」
「それでや。四年前の事件と繋がりがないか、気になったんや」
――四年前。
令和四年六月八日。
柴田ゆかり、享年二十四歳。
その名前を聞いただけで、当時の帳場の空気まで蘇る。四年前、暴行を受けた末に殺害された女性や。
遺体が発見されたのは、大山崎町大山崎堤外。文字どおり、堤の外れに位置する場所やったため、向日町警察署に捜査本部が置かれた。
ところが、遺留品と思われる衣服の一部は、八幡署管内にある、かわきた自然運動公園西側の林から発見された。
遺体は大山崎町――向日町署管轄。
遺留品は八幡市――八幡署管轄。
川を挟んで、二つの管轄にまたがった。
そのため八幡署も加わり、合同で捜査が進められた。
だが、犯人に繋がる決定的な証拠は見つからないまま、四年が過ぎた。捜査本部も、すでに解散している。
《そやけど、事件が終わったということやない》
殺人など、法定刑に死刑を含む重大犯罪の公訴時効は、平成二十二年四月二十七日に廃止された。
それ以前に発生した事件でも、その時点で時効を迎えていなければ適用される。
帳場が畳まれたあとも、事件が消えるわけやない。
捜査資料も証拠品も、長期未解決事件を担当する部署へ引き継がれる。スキンヘッド安田も所轄の専従捜査員として、今なお柴田ゆかり事件を追い続けていた。
「俺にも最近、子供が生まれてな」
「そうなんや。奥さんとは結婚式以来、会ってへんな。元気にしとるか」
「お陰さんで。母子ともに元気や」
「それは何よりや。どうや、今晩、祝いに呑もうや」
「お前、帳場が立った初日から何言うとんねん」
《……そうやった。危うく俺まで脳筋扱いされるところやったで》
「冗談や。この帳場が片付いたら、祝いに呑もうや」
俺は、帳場のことをすっかり忘れていたことを、スキンヘッド安田に悟らせないように言った。
*
翌日の四月二日、午前七時。
警察は裁判官から捜索差押許可状を取り、大野晴子が一人で暮らす伏見区のマンションへ捜索に入ることになった。
大野は、いまだ意識不明。
本人の承諾を得ることもできへんまま、若い女性の部屋へ踏み込み、引き出しや私物まで調べる。
令状があるとはいえ、やっとることだけを見れば、なかなかえげつない話やで。
もちろん、刺殺された身元不明の男との関係や、事件当日の行動を示す物が、この部屋に残されている可能性がある。
被疑者以外の住居でも、押収すべき物が存在すると認めるに足りる状況があれば、捜索はできんねん。
《警察いうんは、そういう仕事や》
理屈では分かっとる。
それでも、本人が何も知らんところで、生活のすべてを覗くような真似は気が進まへん。
大野が若い女性ということもあって、山際のおっさんも気を遣ったんやろう。女性捜査員も何人か来ていた。
「お前だけでええやんけ。俺は周辺の景色でも……」
部屋へ入ることに抵抗のあった俺は、玄関先で神楽にぶつくさ文句を垂れた。
「駄目です。仕事をしてください」
神楽は手元の書類を確認しながら、そっけなく返してくる。
「それに、宇賀田くん。ここ」
そう言って、写真付きの警察手帳を俺の前へ突き出した。
「何や、それ」
「よく見てください。何と書いてありますか」
「……警部です」
「あなたの階級は?」
「警部補です」
「そうですよね。では、仕事をしてください」
「……」
少なくとも、警察官の間では階級がものを言うねん。
黒いもんでも、警部の神楽が白と言えば、警部補の俺は、白として処理せなあかんほどの絶対的な差や。
《くそっ。新しい手ぇ使いだしよった》
こいつは俺を黙らせる技を、いったい何種類もっとるんや。
こんなんと子供ができて、そのまま結婚でもしたら、俺の人生はどうなんねん。
《きっと、あれやで》
日に日に俺はやつれていって、気ぃついたときには早死にコース。
《おお、こわっ》
俺はぶるっと身震いした。
そやけど、俺は別に出世したいと思ってへん。
警部補の昇任試験を受けた最初の動機も、「試験勉強中です」と言えば、周りが気を遣って少しくらい楽させてくれるやろ――という、ほんの少し不純な下心からや。
決して《俺が警部補になって、世のため人のために気張るんや!》という、暑苦しい脳筋的思考からではない。




