season1 第15話 「言葉にできないこと」
これは実際に経験した中学の頃の経験をもとに書いた小説です。「全20話」
*"話せるようになったことと、何もかも話せることは、同じじゃなかった。"
中学二年生の夏。
私の学校での過ごし方は、少しずつ決まっていた。
朝、学校へ行く。
まずは教室の前まで行く。
でも、やっぱり中には入れない。
廊下から外を眺めているか、誰も使っていない狭い教室で過ごす日もあった。
授業を受けることはなかった。
3限、4限と給食の時間になると、別室へ向かう。
それが、私の一日だった。
別室の時間から学校へ行くことも増えた。
「Ami、おはよう。」
学校へ行くと廊下で担任の先生が声をかけてくれる。
「おはようございます。」
「今日も来れたね。」
「……はい。」
それだけの会話の日もあった。
でも、先生は毎回声をかけてくれた。
別室に来てくれることもあった。
「ここにいたんだね。」
「はい。」
「今日はどう?」
「……普通です。」
「そっか。」
それ以上は無理に聞かない。
そんな先生との距離が、少しずつ心地よくなっていた。
そして、養護の先生とも少しずつ話すようになった。
先生は私が自分から話し始めるのを、ただ待っているだけではなかった。
「今日は何して過ごしてたの?」
「窓の外見てました。」
「何か見えた?」
「……桜じゃなくて、葉っぱ。」
「もう夏だもんね。」
そんな、本当に何気ない会話。
でも、その何気なさが嬉しかった。
自分から話すことが苦手な私でも、先生が質問してくれると少しずつ言葉が出てきた。
ただ――
どうしても話せないことがあった。
自分のキズのこと。
そのことを知っているのは、養護の先生だけだった。
最初に話したときは、とても怖かった。
何を言われるんだろう。
怒られるんだろうか。
嫌われるんだろうか。
そんなことばかり考えていた。
でも先生は、私の話を最後まで聞いてくれた。
責めることもしなかった。
だから少しずつ、先生には話せることが増えていった。
ある日、別室で先生と二人になった。
私はしばらく黙っていた。
先生も急かさなかった。
「Ami。」
「……はい。」
「最近、前よりお話ししてくれるようになったね。」
「そうですか?」
「うん。」
先生は笑った。
私は少しだけ恥ずかしくなった。
「先生には……話せること、増えました。」
「うん。」
「でも……まだ話せないこともあります。」
先生は静かにうなずいた。
「それでいいよ。」
私は顔を上げた。
「……いいんですか?」
「もちろん。」
「話したくなったときに話せばいいから。」
その言葉を聞いて、少しだけ安心した。
全部話さなくてもいい。
今、話せることだけでいい。
そう思えた。
しばらくすると、別室のドアが開いた。
担任の先生だった。
「Ami、いる?」
「はい。」
先生は部屋に入ってくると、私たちを見て笑った。
「何の話してたの?」
私は一瞬、養護の先生を見る。
先生は何も言わない。
私は少し迷ってから、
「……秘密です。」
と言った。
担任の先生は少し驚いたあと、笑った。
「そっか。じゃあ秘密にしておこう。」
その言葉に、私も少し笑った。
担任の先生は、まだ私のキズのことを知らない。
私は話していない。
でも、それでよかった。
今はまだ、話せる先生が一人いる。
それだけで十分だった。
帰る時間になった。
「また明日ね、Ami。」
養護の先生が言う。
「はい。また明日。」
廊下へ出ると、担任の先生もいた。
「Ami、気をつけて帰ってね。」
「はい。」
私は二人に小さく手を振った。
中学一年生の頃の私は、学校に自分の居場所なんてないと思っていた。
でも今は違う。
教室には入れなくても。
授業を受けられなくても。
別室や廊下で過ごしているだけでも。
「ここにいていい」と思える場所がある。
そして、そこには私を待ってくれる先生がいる。
まだ言えないこともある。
まだ怖いこともある。
それでも私は、少しずつ誰かを信じることを覚え始めていた。
このときの私は、まだ知らなかった。
一年後。
私が初めて、担任の先生にキズを見られる日が来ることを。
そして、その先生の一言が、ずっと心に残ることを――。




